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サカナ釣りには最適の日々

分類:森近霖之助 永江衣玖 短編
 
 
「魚が食べたい」

 こう僕が思ったのは、何も唐突な脳細胞の気まぐれではない。そりゃあ僕にだって、後々になって考えてみれば「あれは確かにその場の思い付きだった」と後悔したくなるような考えが、シナプス間を駆け巡る事がある。駆け巡る瞬間は非の打ち所のない革新的なものだと確信しているのだが、時の流れがその確信を打ち砕く時が時偶訪れるのだ。

 しかし今回の魚に対する思いに関しては、「その場の思い付き」なんてものでは決して無い。全ては連日降り続いた雨が僕にもたらした、文字通りの天啓なのだ。

 まぁ流石に天啓、は言い過ぎかもしれない。が、この天より降り注ぎしものが、僕に魚を求めさせたのは間違いではない。そう、あれは溯る事数日前の事だったか……

   ◆   ◆   ◆

 ここ連日に渡り雨は昼夜の区別など無く、まるで叩き付けるように空より流れ落ちていた。実際雷雲が分厚く天蓋となって鎮座していたのだから、店の小さな窓から覗く世界では、本当に昼夜の区別が付かない程だった。

 雨の勢いと言えばそれは凄まじいもので、外を見ればこの眼には雨粒――粒が多すぎて最早壁としか思えない程だったが――しか映らず、音を聞けばこの耳には雨粒がその身を以て大地と奏でる音――要は雨音――しか聞こえない程だった。

 雨音しか鼓膜を叩くものが存在しなかったせいで、終いにはその音が静寂の音として耳穴に定着してしまった。おかげで轟音に煩わされず眠れるようになったのは幸いだったが。

 そんな訳で僕の目には雨しか見えず、僕の耳には雨しか聞こえない。雨によって僕は世界から隔絶されてしまったと言う事だ。

 雨しか映らないはずの僕の目に魚が見えたのは、そんな時だった。


 滝のよう、と言う表現などはぬるく、最早香霖堂自体が水の中に沈んでしまったのではないかと思えるほどに降りしきる雨。その水の壁の中に、僕はいつしか何かの影を見るようになっていた。

 雨により香霖堂に閉じ込められて身動きが取れない僕。その僕を嘲笑うように雨の中をゆらゆら、ひらひらと泳ぐ、影。

 最初は何者かの悪戯か、はてまた「水があるならばそこを泳ぐ魚が居て然るべきだ」と思い込んだ僕の頭が創り出した幻かと思った。

 しかし豪雨の中正体も定まらぬ幻影を追いかける訳にも行かず、まさに僕は手も足も出ない。かといって他にするべき事もないのでじっと見詰めていると、その影はいつしか形を確かにしていき、ついにははっきりと魚影と見て取れるようになった。姿が確定してもなお、僕を小馬鹿にしているような動きは変わらず取り続けている辺りが癪に障る。

 雨の中を優雅に身をくねらせ進む、その姿。幻かそうでないかはこの際どうでも良い。僕がいると思えばそこには確かに魚がいるのだ。他人に聞いて確かめようにも、どうせこんな雨の中では客は来ない。ならば魚はそこに居る。それで良いじゃないか。

 長い間僕は、楽しそうに泳ぐ魚を見詰めていた。そうしてその内に、僕の心は一つの結論へと辿り着こうとしていた。「魚が食べたい」と。

 なにせ、ここ数日の間雨の檻に囚われていたおかげで、碌にものを食べていないのだ。

 元々、僕の食が細いせいもあってそれほど多くの蓄えがある訳ではない。それに加えてこの連日の雨の為に断たれた補給線。香霖堂の備蓄状態は既に壊滅的状態に陥っている。僕が普通の人間であったなら危なかったかもしれない。

 そんな訳で僕は、何としても魚を食べるという、強く揺るぎない決心を一人固めていた。そしてそれを為すには今の自分は些か憔悴していたのも確かだったので、取り敢えずは一晩ゆっくりと身体を休め、来るべき魚との決着に備える事にしたのだった。


 翌朝目を覚ますと、あれ程強固に鼓膜へとこびり付いていた雨音は影も形もなかった。窓から見える世界にも同様に、雷雲の影も形も存在しなかった。

 天を見上げると、長い間姿を見せていなかった太陽が、自らを忘れ去っていた者達へとその威光を振りかざすかのように輝いている。もちろんその威光の前では、昨日まで元気に泳いでいた魚の影など見つかるはずもない。

 しかし対象が居なくなったとて、僕の内に滾る情熱が揺らぐ訳ではない。寧ろ一度手の届かぬ所へと逃げられた事で、その情熱はより一層激しくなっていた。

 僕は店内より埃を被った手製の釣り竿――竹製の簡素なもの――を引っ張り出すと、自らを満たすものを見付けるべく旅に出るのだった。

   ◆   ◆   ◆

 いくら心が魚を求めていても、闇雲に探したとてまさか道端に落ちている訳もなく。かといって、魚が必ず居る場所を知っている訳でもない。結局僕は、近場である魔法の森内で手頃な場所がないかを探す事にした。因みに、大人しく人里で魚を買ってくると言う選択肢などは最初から存在しない。僕は自らのこの手で魚との駆け引きを愉しみ、そして得たいのだ。まぁこれは建前という奴で、正直な所、あの僕を散々にからかってくれた魚に、一矢――と言うか一針――を報いて鬱憤を晴らしたいという気持ちが強いのが確かなのだが。

 さて、魚を探そうにも、僕は魔法の森の奥深くまで散策した事はない。僕には深部に生えているという茸を採集して回る癖はなく、故にわざわざ訪れる理由がないからだ。道具が落ちているというならば足を向ける事も考えなくはないが、今の所そのような報告は受けていない。単に僕には教えないようにしているだけという可能性もあるが。

 どのようなものがあるのかも定かではない深い森の中、僕は「森というなら小川の一つぐらいはあって、魚の一匹くらいはいるだろう」という恐ろしく希望的な観測を抱きながらその歩みを進めるのだった。


 僕は太陽の威光もその力を失う深い森の海を一人歩き続ける。足下は先日までの雨を存分に吸い、今まさに僕の足までも飲み込むのではないかという位にぬかるんでいる。一歩足を踏み込む度に靴の中には湿気が染み込んでいくようで、徐々に僕の気力までもが奪われていく。

 ただでさえ道無き道を歩くのには体力がいるというのに、それに加えて精神まで削られていくこの仕打ち。僕はこの苦行を諦め、大人しく店へととんぼ返りしようかと幾度となく考える。しかしその度に脳裏にはあの影がひらひらと舞い、それにより僕の欲望はより一層苛烈に燃え上がった。ここまでこの僕にさせた以上、絶対にお前を食べてやる、と。

 とぼとぼと鬱蒼と木々が生い茂る中を進んだ先で、突然開けた視界。目線を下げると、そこには小さいが確かに池が広がっている。水質が淀んでいるせいで底の方が見通せないが、それが却って何ものかの存在を僕に予感させる。それにしてもこの空間、キャッチボール程度ならば悠々出来そうだ。尤も、今はその為の道具なぞは持ち合わせていないが。それに、この幻想郷にキャッチボールを行える人物がそれほど居るとは思えない。僕の知る人物達は皆弾を放るばかりで、受け取ろうとしないから。

 それよりも今は魚だ。キャッチボールの事はどうせ受け取るものも居ないのだから一旦放っておき、早速持参した竿に餌――台所に転がっていた野菜くず――を取り付け池の中へと投げ入れる。後はこれに獲物が掛かるのを待つだけだ。


 そうやって魚への一方的なアプローチを重ね、ただ時を待つ事半時。初めは太公望気分で悦に入っていたのだが、いつまで経っても水の抵抗以上の手応えが全く感じられず、いい加減痺れを切らしかけた僕の元にフワリと舞い降りるものの姿があった。

 音もなく自然に天より降り立ち、まるで空気のように自然に佇む女性。目線を隠す帽子と宙を漂う羽衣のせいでその表情を窺い知る事は出来ないが、彼女の物静かなその雰囲気は既知の少女達が醸し出すものとは一線を画していた。そのせいか身を包む特徴的なその羽衣が、清らかな水が形を持ったような印象さえ受ける。

 彼女を見て何故か僕の脳裏には、手を伸ばす事さえ叶わなかったあの魚が、楽しそうに身を捩らす様子が浮かんでいた。

   ◆   ◆   ◆

 聞く所に寄ると彼女の名は「永江衣玖」と言い、久方ぶりに晴れ渡った空を味わう為に漂っていた所で偶然僕の姿を見かけ、興味を持って降りてきたらしい。

 フムン、魔法の森の奥深くまで来る人の姿がそんなに珍しかっただろうか。ならば何処ぞの神出鬼没の白黒は珍品も良い所だな。珍品過ぎて値は付けられないが。

 それはさておき、ただ一人で黙々と水面に向かって格闘しなくても済むのは、心情的に大いに助かる事だ。何しろ竿を振ってはただ待ちぼうけをするという単調作業を重ねていると、自分が苔むした案山子か何かになってしまったような錯覚に襲われるのだ。人は他者との関わりの中で自らを創り出すもの。傍らに何者かに居て貰えるだけで、自分を見失わずに済む。

 彼女はその点で大いに素晴らしかった。何しろ彼女との間では、キャッチボールが成立するのだ。時には会話に精を出しすぎて、竿に注目するのを忘れるほどだった。

 例えば――
「何故またこの様な場所まで? それも空を行くのではなくその足で」
「どうしてもこの手で釣り上げてやりたい相手が居てね。その激情に駆られて突き進んでいたら、こんな所まで来てしまった」
「なるほど……。激情というものは、時に思いも寄らぬ行動を私達に取らせますからね」
「しかし、結果として貴女のような話し相手に出会えたのだから、今回ばかりはこの激情に感謝するべきかもしれない」
「あら、お上手ですね」

 例えば――
「良く見ればその釣り竿、とても出来が良さそうですが」
「竿に目が行くとは、まさにお目が高い。これはだね、既製品ではなく僕の手による珠玉の一品なんだ。竹には数万本の竹が生い茂る竹林から自らの手で厳選したものを使い、糸は鎧武者でも切れぬとされた土蜘蛛の糸を頼み込んで譲り受け、針にはあの一寸法師が使用したとされる刀を加工して使用している。この竿ならば、例え相手が鬼でも釣り上げてみせるだろう」
「まぁ。それほどの業物を、この様な所で惜しげもなく披露してしまうなんて」
「なに、道具というものは使ってやる事こそ本懐だよ」

 他にも彼女と他愛ない、しかし会話の妙を心得た世間話をしながら釣りを続けていると何時の間にか日は傾き、黄昏時が訪れようとしていた。日が落ちてしまってはこんな森の奥深くに留まるのは危険だ。結局魚を獲る事は叶わなかったが、久しぶりに他者との会話というものを心ゆくまで愉しめたので、まぁ良しとしよう。

「残念だが今日は坊主らしい。ここで会ったのも何かの縁、君にも是非ご馳走したかったんだが」

 僕は心底残念に思いながら、彼女に我が腕の不甲斐なさを詫びる。釣り上げた魚を肴に、彼女とのささやかな酒宴でも愉しめたらと思ったのだが。

 しかし次に彼女から返ってきた言葉は、会話の妙などまるで意に介さない鋭い剛速球のようなものだった。

「気にする事はありませんよ。だって、ここはただの水溜まりですから」

 平然と、ただありのままの事実を報告するように彼女は言葉を続ける。

「いくら大きいとは言え水溜まりで釣りをするなんて、これはまた酔狂な方も居るものですね。お陰様でこの話は良い酒の肴になりそうです」 

 そうして彼女は僕に向かい一礼をすると、その身を躍らせるように広い大空へと泳いで行くのだった。
 
 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学


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Author:鈴月
初めまして、鈴月(すずつき)と申します。最近になって東方に嵌った俄です。
ここではCoolier-クーリエ-東方創想話に投稿した作品のまとめ等を行いたいと思っています。

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何かありましたら上記の連絡先までお願いします。
(○を@に変えて下さい)

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