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青いくちづけ

分類:霧雨魔理沙 森近霖之助 短編
 
 
 夕暮れ時。太陽がその巨体を地平線へと隠し、幻想郷を橙色の帳で覆い尽くそうとした丁度その頃。その黒衣を橙色の光で染めながら、香霖堂への道を進む者の姿があった。
 言わずと知れた白黒の魔法使い、霧雨魔理沙である。ただ、その足取りにはいつものような軽快さは全く見て取れず、鉛の足輪でもはめてられているかのように鈍重なものだった。

 一歩一歩ゆっくりと、まるで墓場にでも向かうような沈痛な面持ちで香霖堂へと向かう魔理沙。その足を進めれば進めるほどに香霖堂が遠のいて行くようで、まるでアキレスと亀のようだと魔理沙は独りごちる。
 しかし香霖堂は亀とは違い、前へと進む足などは持ち得ていない。暫くして、魔理沙がその入り口へと辿り着くのも自明と言えた。尤も、普段通りの彼女の速さがあればアキレスなど悠々と追い抜き、店内へと突撃していただろうが。

 しかし魔理沙は香霖堂の入り口前に立ち尽くしたまま、店内へと入ろうとはしなかった。先程よりドアノブに手を伸ばしては引っ込め、また伸ばしては戻す、と言った傍から見れば不可解この上無い運動を繰り返している。
 ややあって反復運動の回数が10を超えた頃。魔理沙はやおら右腕を振り上げると、自らの頬に向けてその手を振り抜いた。
 周囲に響く高らかな音。その直後に魔理沙が顔を上げた時、最早先程までの幽鬼の如き面影などはどこにも残されていなかった。そこに居たのは、いつも通りの大胆不敵な笑みを浮かべた普通の魔法使い、霧雨魔理沙だった。

「よしッ!」

 魔理沙は気合充分に力強くドアノブをその右手で握ると、勢い良くドアを開け放った。

  ◆  ◆  ◆

 香霖堂内へと、来客を告げるカウベルの音が染み渡る。その音が鳴り止まぬうちに、魔理沙は霖之助が座る番台へと駆け寄っていた。

「よう香霖!」
「……もう今日は閉めようと思っていた所なんだが」

 魔理沙をその視界に捕らえるやいなや、暗に帰れと告げる霖之助。その眉間へと皺が寄った表情にも、本心がありありと見て取れる。

「つまりはまだ開店中だろ。なら私は客だ」

 店主の態度なぞどこ吹く風。自分はこの店を訪れた客分なのだと、強引に言い通そうとする魔理沙。

「用件がない冷やかしを客とは呼ばない」
「用件ならあるぜ」

 ほれ、と魔理沙は懐から取り出した何かを霖之助へと差し出す。
 それは、彼女の愛用している道具、目の前の彼より授かった大切なもの、ミニ八卦炉であった。いや、正確にはミニ八卦炉『だった』ものと言うべきか。
 何故ならばその八角形には縦横に大きなヒビが入り、所々の部品も欠け、今にも崩れそうな痛々しい姿を晒しているからだ。これでは到底正常な稼動など望めそうにない。

「全く、一体何をどうすればここまでの事が出来るんだい? 一応、象が踏んでも壊れないほどの強度は持たせたつもりなんだが」
「いや、こう、弾幕ごっこで相手を追い込んでな? ここぞ! って所でマスタースパークを撃ったら八卦炉がこうなって……」

 必死で弁解しようとする魔理沙。恐るべきは、象の踏み足すら上回る彼女の魔砲と言うべきか。

「フムン。つまりは……負けたのか」
「いや。もう、ほんの少しで勝てそうだったんだが」
「つまりは負けたんだろう?」
「負けてはいない。ただちょっと勝ちに届かなかっただけだ」

 ――それを負けたと言うと思うのだが違ったかな――霖之助は言葉には出さずに一人胸中で呟く。しかし……

 ちらりと魔理沙の左手を一瞥する霖之助。
 魔理沙のその、余りにも小さく握られた手。その小ささとは裏腹に、自らの力を一回りも二回りも上回る魑魅魍魎を相手にし、果敢に立ち向かうほどの大きな勇気を持った手。
 しかしその手が今、小刻みに震えている。
 無理に力を込めて握られたその手は、恐怖に押しつぶされる事への反抗を示しているのだろうか。魔理沙の左手はぎゅっと縮こまったまま、スカートの裾を絶えず握り続けている。彼の記憶が確かならば、来店した際から彼女の左手はずっとああだったはずだ。

 ――もしや僕にも修復出来ないかもしれないと思っているんだろうか、だとしたら僕も随分軽く見られたものだ――
 霖之助は、自らを過小評価する妹分へと自分の技量を改めて見せつける為、八卦炉の修復作業を行う事を決心する。大人げない事甚だしいが、彼はこと道具に関しては妥協出来ない性分を持ち合わせている為、仕方が無いのだろう。

「まぁ、直してあげても良いよ」

 本心は隠し、あくまで自分が優位だという事を判らせる為、大仰に返答する霖之助。内心では既に直す事は決定しているのだが、もちろんそんな事はおくびにも出そうとしない。

「どうせ君の事だ、了承するまで何度でも押しかけるつもりだろう。それでは営業妨害も甚だしい。だったらさっさと直して引き上げて貰った方が得策だからね」

 霖之助は店の営業が滞る、と言うもっともらしい理由を付けて依頼を引き受けようとする。しかし悲しいかな。普段から魔理沙や霊夢には幾度となく押しかけられ、その都度営業を疎かにしているので、今更と言えば今更と言う理由である。

「何か言い方がいちいち鼻につくな……でも、直してくれるってんなら文句はないぜ」

 高圧的な霖之助の物言いに思わず言い返してしまう魔理沙。しかし言葉には刺があるが、その表情には満面の笑みが張り付いている。
 その笑顔の力だろうか。彼女が固く結んだ左手の呪縛が、ようやく解かれた。

  ◆  ◆  ◆

 夜。空には大きな三日月と無数の星々が現れており、優しくその光を地上へと注いでいる。

 しかし霖之助はそんな夜景の美しさなど露知らず、一人作業へと没頭していた。傍目にも根を詰めすぎている様子が眼に見えた為、不安になった魔理沙が無理矢理引っ張り出して食卓へと着かせたほどだ。

「ほら食え。折角私が作ってやったんだから」

 霖之助が八卦炉へと一人黙々と取り組んでいた間に用意したのだろう。食卓の上には彩り豊かな種々の料理が、所狭しと並んでいる。

「それは良いが……まさかこれが代金とは言うまいね?」
「ハハハ」

 霖之助の問いに曖昧な笑みで返す魔理沙。その眼がどことなく泳いでいるのは気のせいではないだろう。

「そ、そんな事より私は今日泊まっていくからな。こんな時間じゃ八卦炉も無しにおちおち外も出歩けん」

 これ以上の追求は不味いと感じたのか、魔理沙は香霖堂に泊まる事を一方的に霖之助へと宣言し、話題をすり替える。急な話題転換はやましい事がある現れだと、彼女は気付いているのだろうか。
 しかし霖之助はさして言及する事もなく「やれやれ……」とだけ呟くと、

「それは別に構わない。けど着替え等は持ってきているのかい? 流石に君のサイズに合う服はここにはないぞ」

 と魔理沙へと彼女の提案を了承する旨を伝えた。

「ん、まぁ、その辺は何とかするさ。香霖は早い所八卦炉を仕上げちまってくれ」
「全く簡単に言ってくれるよ。しかしまぁ、可及的速やかに仕上げるつもりだ」

 ――いつまでも居座られては営業の邪魔になるしね――魔理沙には聞き取れないほどの小声で、最後に一言付け加える霖之助。
 結局の所、彼女の存在がある限り香霖堂はまともな営業は期待出来ない運命にあるらしい。

  ◆  ◆  ◆

 朝。窓からは太陽の日差しが燦々と飛び込んでいる。
 しかしそんなものはお構いなしに眠る者が一人、言わずもがな霖之助である。
 結局夜通し八卦炉の修復作業を行っていたのだろう。その傍らには新品同様の状態にまで復元された八卦炉の姿があった。

 自らの果たすべき作業を終え、満足しきった表情で気持ちの良い睡眠に落ちている霖之助。そんな彼へと静かに近付く者が一人。

「音がいつまでも止まないと思ったら一晩中続けてたのか……」
 
 起き抜けなのだろう、寝ぼけ眼を擦りながら魔理沙は霖之助の側にそっと立つ。出来るだけ足音を立てないように歩いたのは、彼女なりの心遣いと言った所か。
 因みに魔理沙が歩いた時に、衣擦れの音は殆どと言っていい程起こらなかった。この事が何を指すかと言うと、つまりは今の彼女は、薄布一枚を纏っただけの姿だと言う事だ。
 恐らく、普段着のままではどうにも寝苦しく、かといって丁度良い寝間着がある訳でも無し。それならばと、いっその事何も着ないで寝ることを選んだのだろう。

 しかし下着を纏っただけの姿だというのに、そこには扇情的な気配など微塵もなく、それどころか寧ろ健康的な印象さえ受ける。これも彼女の体格による問題だろうか。

「全く……本当に子供なんだか大人なんだかよく判らない奴だな、お前は」

 普段は大人の目線で自分を諫めようとする癖に、自分の趣味に関しては周りを見ずに一直線。そんな兄貴分の姿が魔理沙には余程奇異に映るのだろう。そしてそれ故にかけがえ無くも。

 魔理沙は霖之助が丹精込めて修復した八卦炉を手に取ると、愛おしそうに見詰める。
 それは、霖之助が自分の身を案じて授けてくれたもの。彼と自分を繋ぐ架け橋となるもの。
 最早魔理沙にとって、八卦炉は単なる便利な道具ではなくなっていた。それを懐へと抱く時、彼女は確かに霖之助の存在を近くに感じるのだ。

 だからこそ、八卦炉が壊れた時に魔理沙が受けた衝撃は計り知れなかった。それはまるで自らの身が引き裂かれたようで、目の前が漆黒に染まり、精神が地の底までも落ちてしまいそうな程だった。
 自分と霖之助を結ぶ大事な糸が、無情にも途切れてしまった。そんな気がしたのだ。

 その後、壊れた八卦炉を胸に香霖堂へと向かった時も、魔理沙は不安で仕方が無かった。
 自らの一番の寄る辺がない今、何者かに襲われたらどうしよう。もしも八卦炉が直らなかったら私はどうすれば良いのだろう、と。
 そして何よりも彼女が一番恐れたのは、これを機に香霖が自分を見限ってしまったらどうしよう、と言うものだった。
 不安が不安を呼び、それは次第に呪縛となって彼女を動けなくする。香霖堂へと進む足先を鈍らせたのも、その呪いが原因だった。

 それだけに霖之助が二つ返事で修復を引き受けてくれた際、魔理沙の全身には喜びの感情が充ち満ちた。
 大丈夫、香霖はまだ私を気に掛けてくれているのだ、と。壊れてしまった八卦炉には申し訳ないが、魔理沙には霖之助の気持ちが自分へと傾けられているその事が、嬉しくてしょうがなかったのだ。

「だから……ありがとな、香霖……」

 魔理沙は今一度霖之助にその目線を向けると、徐々に彼の横顔へと自らの顔を近づけていく。その表情は柔らかな微笑みに彩られていて、まるで窓から差し込む暖かな陽光のようだ。
 そして小鳥がその嘴で啄むように、魔理沙はそっと唇で霖之助の頬をつまむ。ふわりと、軽く撫でる程度の優しい強さで。
 それは、余りにも幼く、青いくちづけ。今の彼女に出来る精一杯の背伸び。

「ん……」

 何かが頬に触れる感触に気が付いたのだろう。霖之助が小さく声を上げる。魔理沙はそれを聞くと、天狗も真っ青の反射速度で霖之助から距離を取る。
 幸い霖之助の眠りは深かったようで、目を覚ますような気配はなかった。
 
 ――はぁ。全く、私も私で何やってるんだか。本当、香霖と一緒にいると調子が狂うぜ――先程の自分の行為を思い返し、一人赤面する魔理沙。

「折角だから朝食くらいは作ってやるかな。どうせまた今回の八卦炉の改修点について、色々得意げに講釈を垂れ流すんだろうし。ま、偶には香霖の蘊蓄をBGMに飯を食うのも悪くはない、かな」

 誰に言う訳でもなく、ただ自分の顔の熱さを誤魔化す為に魔理沙はそう呟くと、朝食の支度をする為にいそいそと台所へと向かうのだった。
 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学


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鈴月

Author:鈴月
初めまして、鈴月(すずつき)と申します。最近になって東方に嵌った俄です。
ここではCoolier-クーリエ-東方創想話に投稿した作品のまとめ等を行いたいと思っています。

the.bell.moon○gmail.com
何かありましたら上記の連絡先までお願いします。
(○を@に変えて下さい)

Skype ID:suzu_tuki

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