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うやむや

分類:森近霖之助 霧雨魔理沙 短編
 
 
「うやっ!」
 
 来客を知らせるベルをかき消すような大きな音で、店内へと甲高い一つの鳴き声が響き渡る。
 お世辞にも来客を歓待しているとは形容できないその声を聞き、僕は来訪者を確認する事もなく「またか……」と溜息を深々と吐いた。
 
 そうしてたっぷり3秒ほど息を吐き出して胸の中が空虚になったのを感じると、そこで初めて訪れた人物を見やる。こうでもしてからでないと、胸の中に渦巻く不満を目の前の相手にぶちまけてしまう可能性があるからだ。幾ら相手が冷やかしだと判りきっているからといって、出会い頭にそれを批難するほど僕は人間が小さくはないつもりだ。
 
 平静を保ちつつ送った僕の目線の先に居たのは、見慣れた人物である白黒の装束に身を包んだ輩。ならば先程の声も当然かと僕は得心する。
 
 その見慣れた人物である魔理沙はと言えば、なにやら聞き慣れない声を聞いた事による困惑が表情に表れており、声の主を探して店中に視線を飛ばしている。
 全く。店を訪れたのなら店主に目配せの一つでもしたらどうだ。僕は来訪者に目もくれず嘆息した自分の態度は棚に上げつつ、そんな事を考える。
 そんな僕の考えなど露知らず、魔理沙は目だけではなく身体ごとせわしなく動かして、あれでもないこれでもないと店内を好きに物色し続けている。まさに勝手知ったる他人の家というやつだろうか。止めたところでどうせ止まらないのは十二分に判っているので、ここは魔理沙の好きにさせてやるとしよう。こういう場合は放っておくのが一番なのだ。お互いの為にも。
 
 ややあって、ようやく彼女の瞳が一カ所へと落ち着く。どうやら目的のものを探し当てたようだ。ならば当然魔理沙が次に取る行動は想像できる。
 魔理沙は勢いよく人差し指をそれに向けると、僕には一瞥もくれず言葉だけを投げ掛けてくる。
 
「香霖! なんだこれ!」
「非売品の鳥かごだよ」
 
 魔理沙の瞳と指の先には、鳥かごが一つ。
 当然彼女が聞きたい事はその中身についてだとは判っている。しかし、僕にもそう答えを返したくなる事情というものがあるのだ
 
「そうじゃなくて、その中身だ!」
「あぁ、なんだそっちの事だったか。気がつかなかったよ」
 
 白々しく嘯いてみる。しかしあまり引っ張って相手を怒らせるのは得策ではないし、いい加減真面目に返してやるとするか。
 僕は改めて魔理沙の方へと身体を向けると、求めているであろう答えを与えてやる。
 鳥かごの中に鎮座している一匹の黒鳥、その名について。
 
「その鳥の事なら、有耶無耶だよ」
「うやむや? 適当な事言って誤魔化すなよ香霖。私はこの鳥がなんなのかを聞いてるんだぜ」
「だから有耶無耶という鳥なんだって……」
 
 魔理沙は知らないだろうが、来るもの来るもの皆が真っ先にあの鳥について僕へと問いただす。おかげで僕はオウムのように何度も同じ答えを返す羽目になる訳だ。たまには少々違った返しをしたくなる事だってある。
 
「有耶無耶、ねぇ。また珍しい名前の鳥だな」
「珍しいからこその非売品さ。そもそも香霖堂では生き物は売らない事にしているしね」
 
 そう、この鳥は売り物ではないし、ましてや食料でもなんでもない。れっきとした役割があってここにいるのだ。そこまでを正直に魔理沙へと明かしてやる気はさらさら無いが。
 
「ふぅん。で、なんでまた香霖は突然鳥を飼い始めたんだ? ただでさえ閑古鳥が鳴いているっていうのに」
「……別に。ただの貰いものだよ、そいつは。餌をやるのも、ちょっとした道楽ってやつさ」
 
 口ではそう言いつつも、僕はこの鳥の価値を知っている。そう、決してただの道楽で飼っている訳ではない。僕がこの鳥を飼うのは、有耶無耶にしか出来ない事が有り、それが僕にとって大いに助けになると考えたからこそなのだ。
 
 そもそも、初めにこの鳥を見つけたのはただの偶然だった。
 
   ◆  ◆  ◆  
 
 その日は、とにかく暑かった。
 あまりの気温の高さに、店内に居るというのに目の前の景色が揺らいで見えてしまうほどだ。
 揺らぐ理由は陽炎か、はたまた僕の頭の中にまで暑さが忍び寄ってきたせいか。どちらにせよこのままただ座していては、熱気で茹で上がるか、体中の水分を失って干物になるかの二択であろう。
 いくら何でも世にも珍しい半妖の干物、なんてものになってしまうのは勘弁願いたい。確かに僕は珍しいものは好きだが、好き好んで自分自身を珍しいものにしたいとは思わない。
 そんな事態を避ける為にも、何かしらこの状況を打開する手段を考えなければならない。
 
 しかし、考えるにしても一向に僕の頭脳は回ってくれなかった。頭の歯車がどうやらこの暑さによる熱で歪んだらしく、一向にまともに動き出してくれないのだ。
 
 頭脳が動かない以上、身体を動かすしかない。
 
 いったいどのようにしてそのような考えに至ったのかは、残念ながら動かない頭では思い出せそうにもない。しかしどこから生まれたかは判らないにしても、とにかく結論と言えるものが出た以上、僕は身体を動かして涼を求める事に決めた。
 では身体を動かすとして、壊れかけた頭を乗せた身体はどう動かせば涼しくなるのだろうか。
 僕は頭を次の問題に着手させようとするが、やはりというか何というか、頭の方はまともに理論立てて物事を考えられる状態にはほど遠かった。
 
 理論立てて物事を考えられない以上、直感的に考えるしかない。
 
 先程と同じようにこの考えに至った経緯は思い出せない。しかしどこから来たにしろ、僕の中から生まれたものには違いないのだ。ならば僕を悪いようにはしないだろう。
 最早自分でも自分の考えがよく判らなくなっているが、これも暑さが全て悪いのだ。
 とにかく今は、その悪い暑さから逃れる方法を探す他ない。
 逃れる。うん、逃れるか。
 今の閃きは我ながら良い直感だったのではないか。この場が良くないのなら、良い場所へと動けば良いのだ。
 フムン。どうやら身体の動かし方は決まったようだ。ならば次はどこに向かって動かすべきか。これを直感的に考えよう。

 そこで僕の脳裏に浮かんだのは、苔むした岩が墓石代わりに転がり、この世のものとは思えない色の花が咲き乱れる光景。すなわち、無縁塚の風景だった。
 何故、無縁塚の風景を真っ先に考えたのか。それは例によって判らない。そもそも無縁塚は普段なら秋の彼岸頃に良く訪れる場所であって、夏真っ盛りのこの時期に行っても得られるものは無い可能性が高い。
 しかし、この際暑さから逃れられるならば、何も実入りがなくとも構わない。寧ろこのまま茹だるような暑さに包まれている方が、何かを失ってしまうというものだ。既に歪んでしまった頭の歯車の事はこの際忘れよう。
 
 とにかくするべき事は全て考えた。ならば後は実行あるのみだ。
 僕は熱気に包まれた香霖堂を後にすると、一人無心のまま無縁塚へとよろよろと足を運ぶのだった。
 
 
 
 久方ぶりに訪れる無縁塚は、静寂と沈黙、そして死の匂いが満ちていた。
 ちょうど盆と重なる時分だった為だろうか。どこに目を向けても生を失った身体がその存在を主張している。これほどの無縁仏の数があるとは、正直予想外だった。
 目をこらせば無造作に転がる仏達が虚ろな眼窩をこちらへと向けているようにも感じられ、それだけでも背筋が涼しくなるような気分にさせられる。
 なるほど、ここに来たのは正解だったのかもしれない。暑さで歪んでいた頭に冷たい針を刺されたようだ。
 
 まぁ、物言わぬ骸達の予期せぬ歓迎はさておき、無縁塚の気象それ自体はかなり過ごしやすいものであった。
 空には薄もやが掛かっており、日差しが随分抑えられている。おかげで暑さもかなり和らいでおり、強烈な腐臭が発生するのを防ぐ事にも繋がっていた。
 日が沈み暑さが収まるまではここで涼んでいるのも悪くないかもしれない。死者に囲まれながら過ごすのを我慢できれば、だが。
 
 まともに動くようになった歯車を回転させながら、僕はどうするべきかを考える。
 どうせここで香霖堂に戻っても、再びあの暑さに苛まれるだけなのだ。ならば、この場をもっと過ごしやすい方向へ持って行く努力をした方が幾分建設的だろう。
 
 それほど深く悩まずに結論は出た。場所を占領する仏には、もっとふさわしい場所へとご退場なさってもらうという結論が。それによって彼らはもっと快適な場所へと移動し、僕は快適な場所にとどまれるというのだから、双方にとって良い話と言える。少なくとも感謝こそされても、恨まれる事はないだろう。
 
 僕は自分のなすべき事を決めると、その為の準備に取りかかるとする。
 幸い、埋葬用の道具はこちらに置きっ放しにしているので香霖堂へと取りに帰る必要はない。このような場所に来る者は限られるし、勝手に持って行かれるようなものでもないので、適当に隠せるような場所に置いておけば問題ないだろうと判断した為だ。
 周囲でひときわ目立つ桜の木、その付近の草むらより僕は目当ての道具を引っ張り出してくると、黙々と作業へと取りかかる。
 
 
 
 一旦作業を始めてみれば思ったよりも没頭できるもので、僕はひたすらに善行と実益を兼ねた埋葬作業を行っていた。やがて日も傾き始めた頃、やおらに僕の耳へと響いてくる何かの鳴き声があった。「うやっ!」という甲高い声が。
 
 かつて聞いた事の無い声に、僕は興味を引かれ、その主を目で追う。その視線の先に鎮座していたのは、木の枝に止まる一匹の黒鳥。傍目には大柄なカラスに見えなくもない。
 だが近づくにつれて、その認識が大間違いだという事を、僕は思い知る。枝の上に立ち止まり、不動のままこちらを見据えてくる黒鳥。その身が醸し出す雰囲気は、明らかに野生のカラスとは隔絶したものを確信させる。その身を包む羽は艶やかな闇色に染まり、光の角度によっては紫紺のように色合いを僕へと見せていた。それはどこか上品な雰囲気さえ醸し出しており、同時に少々の恐怖を覚えてしまう。このような場所で出会ったからだろうか、この世のものとは思えない何かを感じてしまったせいで。
 そして何より僕が畏怖の念を覚えたのは、その金色の瞳だ。
 こちらを一直線に射貫くその視線。まるで僕の心の深奥まで見透かすような、そんな鋭さを感じる。まるで、ここではないどこか。遙かな高みより僕の全てを見通しているかのようだ。
 ここに至って、僕はこの鳥が只者ではないと気がつき始めていた。そう、これは大層貴重なものなのだと。
 
「うやっ!」
 
 そこで再び、黒鳥がその声を響かせる。他でもない、相対して視線を交錯させているこの僕を目掛けて。
 この鳥は、先程も同じように「うやっ!」と鳴いた。おそらくだが、一度目の鳴き声も僕に対して放たれたものだろう。つまり、黒鳥は僕に対してどうしても「うや」と言いたい訳だ。ならば僕としてはその真意を考えずには居られない。
 
 さて、それにしても「うや」か……。
 「うや」とは、おそらく漢字で書けば「有耶」となるだろうと僕は推量する。すなわち、「有耶無耶」の前半部分である。そして「有耶無耶」とは「有りや無しや」が縮まり出来たもの。つまりこの鳥は僕に「有りや」といった訳だ。
 それでは、果たしていったい僕に何が有るとこの鳥は言いたかったのだろうか。
 答えは簡単。「邪」だ。
 そう、「うやむや」の「や」とは、元々は「じゃ」が転じたもの。僕は面と向かって「邪な心有り」と断ぜられた訳だ。
 まぁ、確かに自分の中に邪な心があった事は否定しない。埋葬にかこつけ、良さそうな道具を目敏く探していたのだから。
 しかし、埋葬自体は手抜かり無く行っていた。それこそ知らないものが見れば、なんと心のこもった供養だと思い込むほどに。
 その表層の偽りを、この鳥は見抜いた。何一つ言葉を投げ掛ける事もなく、ただ見ただけで。
 
 心に触れもせず、ただ外から眺めただけで内奥までを深く見通す、そんな確かな眼力を持った鳥。これは何とも我が店に鎮座して頂きたいものだ。
 何故ならばその眼力こそ、店主である僕にとって必要とされる力なのだから。この鳥の彗眼があれば、僕の道具屋はきっと今以上に繁盛するだろう。
 
 黒鳥がその金の双眸に抱く邪心を見抜く力は、店を訪れる良からぬ輩を一瞬にして看破する。
 それは有り体に言えば、冷やかしの客を一目で判別してくれるという事だ。それを素晴らしいと言わずに何と言うのだろう。店にやってくる数多くの冷やかしがいなくなれば、そこに残るのは純粋に必要なものを求めて店へと訪れる立派な客だけになるのだから!

 僕は素晴らしい未来が眼前に広がっているのを感じ、一人ほくそ笑む。この鳥の居るべき場所はこのような死と静寂が満ちた裏寂れた風景などではない。その力をもって、生気と活力に満ちた繁盛店の一角を彩るべきなのだ。
 さてその為の問題は、果たしてどうやって香霖堂までご足労願うか、だ。何しろ、こちらの邪な心は全て見えているのだから。
 しばらく悩んだところで、一向に答えは見えてこない。ならばもういっその事、当たってしまうべきだろう。その先に砕けるかどうかは、それこそ僕の目では見通す事が出来ないのだから。
 
「僕の名は森近霖之助、香霖堂という古道具屋を経営している。君に話しかけた理由はただ一つ。君に、僕の店へと来て欲しいんだ」 
 一匹の鳥に向かい、僕は大真面目に自己紹介を行う。傍から見たらどのような光景に見えるかは、この際考えないようにする。
 
「僕の店には、自分で言うのも何だが様々な者たちが来る。だが悲しいかな。その大半は何も買う気が無い、所謂冷やかし客というやつなんだ」

 僕はそこで息を一つ切る。そうして大きく息を吸い込むと、僕の思いを全て黒鳥へと吐き出す。
 
「そこで君に、それら品を見る気も無い冷やかし客の品定めをして欲しいんだ。君が有耶と鳴いてくれれば、僕は邪な客の相手をしたあげく空回る必要がなくなる。真に僕の店を求め、そうして訪れた客の相手だけが出来るようになるんだ。だから、頼む」
 
 そうして、僕は深々と頭を下げた。これが今の僕に出来る精一杯の誠意だ。もちろん、その中に打算が大いに含まれている事実は否定しない。しかし、打算がなければ、欲がなければ人は前へと進めないのだ。今よりも良くなろうという心、それが欲なのだから。
 
「うやっ!」
 
 響き渡る声。そして同時に羽ばたき音。
 どうやら僕の心の内はすっかり見抜かれてしまっているようだ。頭を下げている状態のままなので相手の様子をうかがい知る事が出来ないが、翼をはためかせた音からして僕に愛想を尽かしてどこかしらに行ってしまったのだろうか。
 
 落胆して気を落とす僕の肩へ、突然の重さが生まれた。
 顔を上げてみれば、僕の肩へと止まった黒鳥の姿。これは……僕と共に来てくれるという事だろうか。
 
「うやっ!」
 
 僕の言葉を肯定するかのように、再び黒鳥が鳴く。そうか、僕の心が伝わったのか。
 急に百人力を得たかのような心持ちになり、僕は頬が緩むのを感じる。そうして、僕は肩に掛かる確かな重さを感じながら、香霖堂への帰途についたのだった。
 
   ◆  ◆  ◆  
 
 そうして、この有耶無耶――これは僕が付けた名だ。いつまでも黒鳥と呼び続けるのは不便だったので――は香霖堂へと鎮座する事になったのだが、それからが大変だった。何せ、ここ数日で来る客来る客全てに「うやっ!」と鳴き続けるのだ。
 この結果には、我ながら開口した口が塞がらない。なにせまともな客は香霖堂に来ない事を証明してしまったのだから。
 
 そういった理屈で、僕は先程魔理沙を前に深々と溜息を吐いた訳だ。途中で数えるのも嫌になったせいで、いったい有耶の声が今何度目かは最早判らない。
 まぁ、いい。この冷やかし客は用件を済ませばさっさと帰るのだから、それを片付けてしまおう。
 
「で、今日はいったい何用だい。少なくとも、商品に用がない事は知っているが」
「随分とご挨拶だな香霖。ま、確かに今日は何かを買うつもりはないんだが」
 
 今日は、ではなく今日も、だろう。流石にそれを口に出して言う事はしないが。
 魔理沙は籠の中の有耶無耶にはもう興味を失ったのか、いつの間にか普段の定位置へと腰を下ろしている。
 
「じゃあ単刀直入に言うせ。今度肝試しがあるんだけど、何か良い驚かし方はないか」
「フムン。肝試し、かい」
 
 魔理沙に事の次第を聞くと、何でもこの間の宴会で前に行った竹林での肝試しの話になり、その頃居なかった面子も巻き込んでもう一度盛大に行おうという事に決まったらしい。盛大な肝試しというのもなんだかおかしな気もするが、そもそも参加者の大半が人間ではない時点で気にしても詮無き事だろう。
 
 そこで肝試しを行うにあたって、何か相手を驚かせる良い方法はないかと僕の知恵を拝借しに来たのが来店の理由だった。
 僕の知を高く買ってくれるのは良いのだが、生憎香霖堂で生き物は取り扱っていない。この場合も当然僕の頭に値段を付ける事は出来ず、良い知恵を与えたところで結局は一銭も僕の懐には入らない未来が待っている。有耶無耶も有耶と鳴く訳だ。
 
 それにしても相手を驚かせる、か。人間が妖怪を驚かせる肝試しというのも中々倒錯していると感じるのは僕だけだろうか。
 
「で、良いアイデアの一つや二つや三つ、あるだろ? 香霖の事だから」
「そうやって何でも欲張るのは君の良くない癖だ。驚かせる手段なんて、一つの心構えを知っていれば充分だと言うのに」
「ほうほう。じゃ、香霖のそのたった一つの冴えたやり方を聞かせてもらおうじゃないか」
 
 そう言いながら居ずまいを正してみせる魔理沙。どうやら真面目にこちらの話を聞く気はあるようだ。
 しかし顔が綻んでいるのはどういう訳か。僕の口からはきっと愉快な珍説でも飛び出すとでも思っているのだろうか。
 まぁ、良い。さっさと話して、さっさとお引き取りを願うとするか。

「そもそも驚きという感情は、予期しない事象を体験したときに沸き上がる瞬間的な感情の事を指す。人の心が新たな現象に触れた際に、自らの持つ理屈ではその現象を解析できなかった時、驚きという感情が発生する訳だ」
「ふぅん。じゃあアレか、取り敢えず相手の知らない事をぶつけてみれば良いのか」
「まぁ簡単に言えばそうだが、効率良く驚かせるにはまずその下準備も必要になる。簡単に言えば、相手の想像力の幅を狭めておくという必要が」
「想像力を、狭める?」
 
 魔理沙が首を傾げつつ疑問符を浮かべてみせる。
 フムン、もう少し具体的に説明して見せた方が良いか。
 
「そうだな、例えば……僕が突然君に『愛している』と言い出したとしよう」
「はっ、はぁっ!?」
 
 すると突然魔理沙は奇声を発すると、反射的に大きく仰け反り後頭部を壁へと強かに打ち付けてしまった。幾ら驚いたとはいえ、まさかそこまで大きな反応を見せてくれるとは思わなかったな。魔理沙の顔が林檎のように真っ赤に染まっているのは、頭を打った痛みからだろうか。
 
「このように普段の僕の言動からでは魔理沙がまず想像できない事を言ってみた結果、君は大いに驚いてくれた訳だ」
「あっ……あぁ……なるほどね、そういう事か……」

 僕の説明に対して不満げな声を上げる魔理沙。何だ、そんなに頭を打ち付けた事が気にくわなかったか。確かに悪い事をしたとは思うが、後頭部をぶつけたのは自分の責任なのだからそこまで露骨に嫌な表情をしなくても良いじゃないか。
 
「まぁ、今は僕と魔理沙の間だから『魔理沙が想像する僕』を逸脱した言動を楽にとれたが、肝試しともなれば相手は不特定多数、今のような手段はとれないだろう。そこで『相手の想像力を狭めておく』必要が出てくる。魔理沙にも判りやすいように具体的な例を挙げれば、まず最初に『赤い弾』、次いで『青い弾』、追って『黄色の弾』が君に向かって飛んできたとしよう。では次に君は何が飛んでくると思うかい?」
「あー、緑色の弾でも飛んでくるのか? それとも桃色とか?」

 僕の質問に適当に当て推量で答えてみせる魔理沙。いまだに声に不満の色が現れているのはどうにかならないのだろうか。そんなに嫌そうに答えられると、なんだか自分がとんでもない事をしたように錯覚してくるのだが。
 しかし、気分を切り替えて考えてみるに、先程の彼女の答えは見事に僕の術中にはまっている証拠だった。あまりにも綺麗に決まってしまった為、我知らず笑みすら漏れそうになる。

「フムン。まさに今、君は僕の手によって想像力を狭められた訳だ。『次もきっと色の付いた弾が飛んでくるに違いない』と。どうだい、そんな事を想像している時に突然光線でも飛んできたら。きっと君は驚いて動きが止まってしまうだろう」
 
 僕に上手くやりくるめられてしまった為か、魔理沙は少々ばつの悪そうな表情を浮かべる。まぁ、これも授業料と思ってもらいたいものだが。どうせ代金を支払う気持ちは毛頭無かっただろうし。
 
「なるほどな。大いに勉強になったぜ。せっかくの香霖の教えだし、ありがたーく肝試しに活かしてみるかな」
「そうかい、そうしてもらえると教授した甲斐もあるというものだよ」
 
 魔理沙の事だ。きっと僕からやられた以上に、他の相手に向かって試してみるに決まっている。願わくば、その矛先が僕に向かってこない事を祈ろう。

「せっかくだから香霖も参加するか?」
「いや、遠慮しておくよ。わざわざ自分から恐ろしい目に会いに行く気は無いからね」

 僕が参加した日には、魔理沙は嬉々として僕を驚かそうとしてくるだろう。そうに決まっている。何故わざわざ自分から矛先を掴んで、自らの首元に突きつけるような真似をしなければならないのか。そんな事は御免被る。
 
「たまには自分から飛び込むのも良いんじゃないか? 本当に怖い事は寧ろ向こうから飛び込んでくるものだし。それに――」
「うやっ!」
 
 魔理沙はよく判らない理屈を繰り広げようとしたようだが、突如発生した鋭い声に邪魔され、それは叶わなかった。
 思わぬ方向からの邪魔者に魔理沙はその声がした方を無言で睨み付けるのだが、それ以上の何かをしようとはしない。言葉も通じぬ鳥に文句を言ったところで詮無き事だとは知っていたのだろう。
 
 少しして睨むのにも飽きたのか、再び魔理沙は僕の方へと向き直る
 しかしどうやら出鼻を挫かれて消沈した意気は戻らないらしく、それ以上僕へと追及の手を伸ばそうとはしてこない。
 これ幸いとばかりに僕が帰るように促すと、渋々といった調子でドアから出て行くのだった。全く、いつもはさっさと出ていく癖して今日はやけに歯切れが悪かったな。
 
 
 
 魔理沙を見送ると、静かな店内の中で僕は一人腰を下ろす。既に日は沈みつつあり、そろそろ閉店しても良い頃合いだ。やれやれ、それにしてもなんだか疲れたな。閉店するにせよもう少し開いているにせよ、一旦少し休むとするか。
 
  ◆  ◆  ◆  
 
 その時、僕は闇の中にいた。
 自分の身体が、どういう姿勢でいるのかも判らない。
 
 ……手は……僕の、足はどこだろうか……
 
 ただ己の頭部、ものを考える事の出来る部分のみが濃い闇色の水中を、底を目指して沈み続けているようだった。
 気づけば、凄まじい匂いが鼻孔を焦がしている。
 気の狂いそうな騒音が耳孔を犯す。
 瞼を開いているのか閉じているのか、それさえも闇に埋め尽くされていて、今の僕には判らない。
 喉の奥が、異様に激しく震えていた。もしかすると、絶叫していたのかもしれない。しかし耳は何が生み出しているかも判別できない騒音に埋め尽くされ、自分の声さえ届かない。
 
 と、闇の中で一つの金色が、沈みゆく遠い向こうの先で揺らめいた。目も鼻も耳も口も、恐ろしく濃密な闇にふさがれたまま、しかし確かな光を僕は感じ取る。
 
 その存在を認識した途端、僕の手が、足が、身体が、確かに頭と繋がった。
 いつの間にか僕は水中ではなく、大地に二本の足で立っているのを感じる。もしかしたら最初から、僕は一歩も動かずにここに立っていたのかもしれない。周りを満たす闇によって、自らが立っている事さえも見えなくされていた可能性がある。
 
 しかし、あの光が僕を取り戻してくれた。今ここに立つ僕を。
 相変わらず鼻も耳も口もまともに働いてはいない。しかし目は幾分の感覚を取り戻した。いまだ先で揺れ続ける金色を、僕の目は捉えている。今の僕に見えるのはただそれだけだった。
 
 点のように小さい金と、全てを覆い尽くす黒。
 何故今の僕がこのような状況にいるのかは判らない。先程まで店の中で一人佇んでいた所で、僕の記憶は途切れているからだ。それ以上の何かを思い出そうとしても、闇に沈む事になった切っ掛けのようなものは何も出てこない。ここは、どこなのだろうか。何故ここには闇ばかりがあるのだろうか。
 そこまで考えて、僕は自分の考えを否定する。闇があるんじゃない。光がここにないだけ。全ては自分次第だ。
 ならば今の僕がすべき事は、あのわずかな光にたどり着く事だ。きっとあそこに辿り着けば、何かがある。どこにも行かずにここであれこれ悩んでいても仕方が無い。
 同時に『頭脳が動かない以上、身体を動かすしかない』という考えが脳裏に浮かぶが、何故これが今出てきたのかは判らない。闇に包まれていささか動揺しているが、僕の頭はしっかりと動いているというのに。
 まるで、この考えが誰かに差し込まれたようにするりと脳内に染み出てきて、果ては自分で考えたものではないかもしれないなどと錯覚してしまう。
 馬鹿馬鹿しい。そんな事はある訳がない。僕の内側に生まれるものは、僕が生み出したものだ。どこか外から境界を越えて内側まで入り込むものなんて――
 そこでいきなり先程より耳朶を打っていた騒音が大きくなり、僕の思考は寸断される。
 そうだ、今は身体を動かすしかない。遠くに見えるあの光に向かって。それしか今の僕に出来る事はないのだから。
 
 
 
 闇に足を踏み出し、そこに大地がある事を確認する。そうやって闇から地面を発掘し続ける作業を僕は延々と繰り返す。
 どれほどの時間が経過したのかは判らない。時間を考える行為すらなぜだか億劫に感じてしまうからだ。そんな余計な事に心を割いている暇があるのならば、その分足を先に進めなければならない。第一、鳴り止まぬ音の洪水のせいで僕の思考は溺死寸前なのだ。
 
 先に、先に、先に。
 無心で歩を進めると、徐々に視界で揺れる光は大きくなってきたように思える。
 やがてそれは、あるものを形作る。
 
 あれは、髪だ。流れるような金の髪。それが揺れていたのだ。
 髪は僕をあざ笑うように揺れるばかりで、その正体を僕に明かそうとしない。生憎見えるのは後ろ姿のようで、他に判断すべき材料もないのだ。
 いったいあれは誰だ。こんな闇の底で僕を待っているのは。
 
 ――魔理沙――
 
 その時、僕はよく知る少女の名を脳裏に描いていた。もしかしたら、口に出していたのかもしれない。しかし僕の耳朶を打つのは変わらぬ騒音ばかりで、例え声を上げていたとしてもそれは闇に溶けていくしかなかっただろう。
 ただその代わり、僕は走った。
 手足は痺れ、肺は痛み、心臓はこれ以上無いというほど激しく動悸を打ったが、それが返って己の肉体が紛れもなく自らの意思で動いているという事を感じさせる。
 この深い闇の中でも、自分の身体は自分だけのものだという事実を。
 
 やがて金色は僕の目の前まで迫る。手を伸ばせば充分届くであろう距離だ。
 近づいてみれば、金糸が掛かった小さな肩や、細い手足、華奢な身体もしっかりと認識できる。
 僕の想像と寸分違わぬその姿。間違いなく魔理沙だ。
 
 さて、なんと言って声を掛けるべきだろうか。いや、騒音のせいで声では判らない可能性も有る。走って近寄ったのにまるで意に介していない様子がその証拠だ。
 ここは思い切って肩を叩いてみるべきだろうか。突然こんな闇の中で肩を叩かれるなんて想像していないだろうし、少々驚かせてしまうかもしれないが、面と向かって顔を合わせれば僕だと判ってくれるだろう。

 そこで突然、心配になる。
 果たして魔理沙は何故こんな所に居るのだろう。
 そんな心配。
 先程から確かに見続けているのに、そしてそれを目標にしたからこそこうして追いかけているはずなのに、何故かそんな事が心配なのだ。そしてこんなに心配なのに、何故そんな事を自分が心配しているのかが判らない。その事もまた心配なのだった。
 だがいつまでも心配していても心配なだけだ。ここは一つ行動しよう。そう自分に言い聞かせ、僕は闇の中で一歩足を踏み出し、精一杯の笑顔を浮かべながら魔理沙の肩を叩く。

 僕が肩に手を置いた事に応じて、魔理沙が振り返る。
 同時に、僕の笑みが凍り付いた。喉が、焼け付くように痛い。耳には、何も聞こえない。聞こえるのはただ、自分が叫ぶ声だけ。
 
 魔理沙の顔には、なにもなかった。
 光を湛えたように輝く目も、人形のように整った鼻も、形の良い小ぶりな口も、見るものを飽きさせず絶えず変わり続ける多彩な表情も、なに一つなかった。
 そこには、ただ闇があった。まるでそこにぽっかりと穴が空いているような、黒い黒い闇が。
 
 なんだこれは……いったい魔理沙はどこに行ったんだ……こんな……こんな魔理沙を僕は想像していない……
 
 僕は大地へと膝をついた、はずだった。しかしそこには既に大地の感覚は無く、それどころか足の感覚すら感じない。ここに来た時と同じように、どこまでも沈み続ける感覚だけがあった。
 やがて身体だけでなく、心までも闇に溶けていきそうになり――――
 
「うやっ!」
 
  ◆  ◆  ◆  
 
 気が付けば、僕は香霖堂で机へと突っ伏していた。どうやら一休みしている内に船を漕いでいたらしい。
 
「あ、れ……」
 
 僕の全身からはじっとりした汗が吹き出しており、妙な寒気が背筋を走る。先程肝試しについての話をしたせいで、こんな夢を見たとでも言うのだろうか。
 
 今のは、夢……だったのだろうか? それにしてはやけに真に迫ったものだった。今でも鮮明に自分が見たものを思い出せるほどだ。
 夢だと言い切れない自分と、夢にしてしまいたい自分。両者が僕の中でせめぎ合い、結局どちらにも落とす事が出来ずにもやもやとした気持ちだけがくすぶる。
 名状しがたい感情を抱えたまま何とはなしに店内へと視線をさまよわせると、期せずしてその視線が交錯する。
 鳥かごの中、有耶無耶の瞳と。
 動揺が強く尾を引いているせいか身体を落ち着かせる事が出来ない僕と、身じろぎ一つせず不動を保っている有耶無耶。両者はまるで対照的であり、自らの足りない部分を有耶無耶が補ってくれるのではないかという気にさせられる。
 
 そういえば、確かに先程僕は有耶無耶の鳴き声を聞いた。邪心有るものに反応するその声を。
 僕は思わず立ち上がると、不安を誤魔化すかのように鳥かごを強く左右から握りしめる。この黒鳥が僕の足りない部分、僕の欲する答えを埋めてくれるように。
 
「なぁ、君は一体何に対して有耶と言ったんだ……先程の僕は、本当に夢の中に居たのだろうか……」

 有耶無耶を見つめても答えは得られず、ただあの瞳が僕を見つめてくるだけだった。何もかもを見通すような、鋭い金色の瞳だけが。
 
  ◆  ◆  ◆  
 
「むやっ!」
 
 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学


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プロフィール

鈴月

Author:鈴月
初めまして、鈴月(すずつき)と申します。最近になって東方に嵌った俄です。
ここではCoolier-クーリエ-東方創想話に投稿した作品のまとめ等を行いたいと思っています。

the.bell.moon○gmail.com
何かありましたら上記の連絡先までお願いします。
(○を@に変えて下さい)

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