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死して咲く花、実のある夢

分類:森近霖之助 風見幽香 短編
 
 
 これでも僕は長く生きてきた。その甲斐もあって、普通の人間には信じられない光景を見たこともある。
 天空に光るオリオン座を背景に炎を上げる不死鳥……闇が凝縮した漆黒の穴に飲み込まれるオーロラ……
 そんな記憶もみな、時と共に消えてしまう。そう、雨の中の涙のように……
 そしてどうやら、僕も年貢の納め時が来たようだ。
 だってそうだろう? まさか、あの風見幽香が、誰からも恐怖と畏敬の目で見つめられるはずの彼女が、涙目で僕を見つめてくるはずがないのだから。
 もしそんな天地が逆さまになるよりも珍妙なことがあるのならば、これは幻、死に臨む僕が血迷って見た幻覚と思うのが普通だろう。いくら常日頃から希少なものには目がないからといって、まさかいまわの際に目にするのがこれとは。
 諦めて長い溜息を吐く僕に、幻覚が近寄ってくる。

「ねぇ……貴方に頼みがあるのだけれど……」

 幻覚が幻聴で頼みと来たか。僕としてはさっさと楽にしてくれるのを頼みたいのだが、運命というものはどうやら相当に意地が悪いらしい。こんな意地の悪いものを自在に操れるものがいるとすれば、それはそれはろくでもない性格をしているのだろう。誰のこととは言わないが。

「ねぇ……聞いてるの……?」

 幻聴は幾度となく僕の耳朶を叩く。そういえば昔、無理矢理連れて行かれた宴会か何かで幽香の声を聞いた事があったが、その時はもっと澄んだ声をしていたように思える。直接話した事はないのではっきりと声を思い出す事は出来ないのだが、それでも今聞こえてくる声はどこか違和感を覚える。うまく形容できないのが、何かこう、妙なものが詰まっているかのような声。そのあたりの齟齬から、僕はやはりこれは幻なのだとの確信を得て、無視を決め込むことにした。
 全く、これは僕の往生際の悪さが形になったものだとでも言うのだろうか。我ながら自分がこんなに生き汚かったとは知らなかったな。まぁ、今までの日常が変わらず続くと思い込むのは盛者の常だ。僕もそれなりの生を歩んできたということだろう。
 
「ねぇ……ちょっと!」

 無視を通そうとする僕に痺れを切らしたのか、幻は僕の目の前に立つと、やおらに僕の顔面を両手でがっしりと挟み込んだ。
 フムン。視覚、聴覚、触覚と来たか。本当に一歩一歩死に臨んでいるようだ。
 
「人の話を……聞きなさい!」

 眼前へと迫り来る幽香の顔。瞬間、衝撃が脳天から足先へと響き渡り、僕と世界は繋がりを絶たれた。

  ◆  ◆  ◆  
 
 目覚めた僕が見たものは、地獄……ではなく、地獄よりも希少なものだった。すなわち、地獄の閻魔さえ打ち倒すという噂の風見幽香その人の涙。
 いつまでこの幻は続くのかという絶望に、僕は再び意識を手放してしまいそうになる。しかし、すんでの所で脳天に走った鈍い痛みが、手を離して楽になる事を許さなかった。
 許されなかった以上目を反らす訳にもいかないので、改めて自分を見つめ直す。
 今の僕は、どうやら布団に寝かされているようだ。畳むのが面倒で出しっ放しにしていた布団が、まさかこんな形で役に立つとは。人生何があるかわからないものである。
 そしてもっとわからないものが一つ。布団の脇で、僕の顔をのぞき込んでいる風見幽香その人である。いまだ涙目で。しかも正座で。
 
「あ、やっと起きた。ねぇ、いい加減私の話を聞きなさいよ」
 
 どうにも反応に困った僕は、先程と同じく言葉を返す事が出来ないでいた。
 
「また私を無視する気かしら? 全く、良い度胸ね……」

 そう言うと、僕の頭をめがけて再び伸びてくる両の腕。それが僕には獲物を捕らえる猛禽類の爪のように感じられて、思わず身をすくめてしまう。
 
「待て、待ってくれ。話なら聞くから」

 そしてこれ以上の痛みを負いたくなかった僕は、幻だろうと何だろうと腹をくくって応対する事に決めた。

「で、君は何でここに来たんだい?」

 布団より上半身を起こすと、顔と疑問を幽香へと向ける。そうなると、当然視線は交錯する訳で、居心地の悪い事この上ない。あの恐怖が形となったような存在である風見幽香と膝をつき合わせて向かい合う事になるなんて、昨日の僕にもし教えたとしても一笑に付すに違いない。さらにそれが涙を瞳にたたえているなんて事になっていたらなおさらだ。現に今だって信じ切れていないのだから。
 もしかしたら、これは最初から僕が見ている夢ではないのか。本当の僕は布団の中で眠っているのではないか。もしそうなら、僕は別に死に瀕して幻を見ている訳ではないのだから万々歳だ。
 寧ろそうであって欲しいという願望が、疑問となって絶えず付きまとう。そして僕はその疑問を、ここではないどこかへと誘う睦言のようにも感じていた。いっその事、再び布団で眠れば、何事もなく静かな朝を迎えられるのではないのか。そんな考えを抱かせるほど、今の光景は異質だ。僕と幽香が布団の上で向かい合っているなんて。そしてその幽香が、涙を流しているだなんて。僕の想像の中にいた風見幽香は、涙を決して流さないのだが。妖怪だから。人ではないから。
 そんな僕の困惑を知ってか知らずか、幽香は僕へと矢継ぎ早に話しかけてくる。そのおかげで、僕は今ここにいる自分を何とか繋ぎ止める事が出来た。
 
  ◆  ◆  ◆  
 
 次々に繰り出される幽香からの話を受け止め、何とか繋ぎ合わせる事で、朧気ながら彼女が香霖堂を訪れた理由が理解出来てきた。 何でも、ここ最近で急に涙が止まらなくなり、目鼻が痒くてしょうがないのだという。幾ら自分で考えたとて原因は判らず、他の誰かを頼ろうにも、近寄った瞬間に皆一様に逃げ出すのだという。
 まぁ、有り得ないはずのものを見てしまったら、身体が逃げ出すか心が逃げ出すかの二択しかないだろうからしょうがないだろう。残念ながら僕は自らの店の中に居たためにどちらも失敗した訳だが。
 
 そんな訳で誰にも話を聞けず途方に暮れていた所、昔小耳に挟んでいた「妙な事ばかり知っている店主」である僕へと思い至ったらしい。それで、僕の目の前へと現れた訳だ。
 なるほど、最後の手段とばかりに香霖堂へ来たからこそ、まるで話を聞いていない僕に苛立ちが隠せなかった訳だ。それは確かに頭突きを食らってもしようのない事かもしれない。僕は店主としてあるまじき態度を、客に対して取った訳なのだから。
 
 事ここに至って、ようやく目の前の風見幽香が幻ではない確信が僕には持てた。彼女は、単に店主である僕の知恵を求めてここに来た、一介のお客なのだ。ならば、僕としても相応の態度をとらねばなるまい。
 フムン。涙が止まらず、目が痒くてしょうがないか……そんな病状はどこかで聞いた事があったような……
 僕は脳内の本棚を必死にかき回す。どこかで、このような症状に対する記述を見かけた気がするからだ。その情報は確かに、僕の脳内のどこかに残されているはずなのだ。わずかな記憶を頼りに、僕は自らの内面世界に構築された本の海、その中を検索していく。
 ややあって、一つの単語にたどり着く。今の彼女を明確に説明できる、たった一つの真実を。
 
「幽香、君は……花粉症だ」
「かふんしょう?」

 幽香が首をかしげつつ僕の言葉を復唱する。やはり彼女は知らないか。
 まぁ、当然か。そもそも花粉症が日本に持ち込まれたのはここ最近の事らしいし。
 いやしかし、まさか花の妖怪、花の権化たる彼女が花粉症を患うとは。まさかの事だが信じがたいな。文屋あたりが知ったら嬉々として一面のネタにしそうだ。

「まぁ、それはどうでも良いわ。大切なのは原因よりもその対策。つまりは、どうすればその花粉症とやらを治せるか、よ」

 いや、原因を知るからこそ、対策を立てられるのだと僕は思う。だが、ここでそれを言っても彼女は聞く耳を持たないだろう。今の彼女にとっては目先の事、すなわち目からあふれる涙が止まらない事の方が大事なのだから。幸い、話を聞いてもらえない事には耐性が付いてしまっているので、話を先に進める。彼女が聞きたがる、対策についての話へ。
 
「そうだな……。花粉とはすなわち、花が子孫を残すための代物、その命の結晶に他ならない。そして君は花を拠り所とする妖怪だからこそ、人一倍敏感にその命の煌めきに反応してしまったのかもしれない。自らがその命を受け止める必要があるのだと」

 そう、彼女は花を愛しすぎている。そのせいで、人よりも余計に受け入れてしまったのだ。花の命の輝きを。

「それを解決するには、やはり身体に理解させる必要があるのではないかと僕は考える。そう、花の欠片はこの身体には必要ないのだと」
「つまり……どうすれば良いのかしら?」

 話の途中だというのに、幽香が割り込んでくる。やはりというか何というか、彼女も人の話を最後まで聞かない口か。全く、頼むから最後までその口を閉じていてくれる相手と知り合いたいものだ。僕は内心嘆息しながらも、彼女の求めている答えを口にしてやる。
 
「幽香、君は花の妖怪だ。しかしながら、君が持っている身体は極めて人に近い。ならば答えは簡単だ。人の身体を持っているのならば、人の行為を真似すれば良い。そうして、身体にもう花の想いを受け止める必要はないのだと思い込ませれば良い。想いは、妖怪を形作る重要な要素だ。君が心からそう考える事が出来れば、身体もきっとそれに答えるはずだ」

 僕の与えた答えに、幽香は俯いて何かを考え込んでいるようだ。ややあって、何か天啓を得たかのようにこちらへとその目を向ける。
 
「あぁ、なるほど。要は、必要なのは花の子種ではなく人の子種だと思えれば良いって事ね。つまりは適当な男を引っかけて一発ヤれ、と」
「……あー……まぁ……そういう事、かなぁ……うん……」

 幽香のあまりにも明け透けな言葉に、僕は思わずうろたえてしまった。僕が言葉を選びに選んで彼女に伝えたというのに、よりによってこんな剛速球がまっすぐ返ってくるとは。彼女にスミレの花言葉を聞いてみたいものだ。

「そうと判れば話は早いわね」

 やおらに、僕の方へと伸びてくる腕。うん? また頭突きか? そう思い身構えるのだが、彼女の手が掴んだのは、僕の両肩だった。
 
「おあつらえ向きに布団も敷いてあるし、ちょっと相手してもらうわよ」

 え、ちょっと、まってくれ。確かにさっきは適当な男と言ったが、それは別に僕ではなくとも。
 唐突な出来事に何も言えなくなってしまっている僕を、幽香の腕が優しく布団へと押し倒す。
 なんだこれは。おおよそ信じられない状況だ。どこから突っ込んで良いのかも判らない。いや、このままだと否応なしに突っ込む羽目になってしまいそうなのだが。

「大丈夫よ、天井のシミでも数えてればすぐに終わるから」

 それは、女性が言う台詞では、ない。
 
  ◆  ◆  ◆  
 
 気がつけば、朝。外からは雀がやかましく鳴く声が響いてくる。
 そして横を見れば、満足しきった表情で眠っている幽香。えぇと、うん。なんだこれは。なんなんだこれは。まさかこの年になって誰にも言えない爆弾級の秘密が増える事になるとは。
 僕がしばらくその爆弾じみた相手の横顔を目詰めていると、ゆっくりとその双眸が開いていく。
 
「あら、おはよう。早いのね」

 起きがけの挨拶。目の焦点が微妙に合っていない為、完全に覚醒したようではなさそうだ。しかし、その両目に見える涙はおそらく目覚めのあくびと連動して出てきたものだろう。どうやら、あれだけで花粉症は完治してしまったようだ。妖怪というのは意外と単純な身体のつくりをしているのかもしれない。
 
「ねぇ……霖之助」
 
 布団から起き上がる気はいまだないのか、寝そべったまま幽香が僕に言葉を投げ掛ける。全く、今度は何を言うつもりだろうか。たった一日の短いつきあいだというのに、きっとろくでもない事だろうと予想できてしまっている自分が居る。そしてその事実に、自分でも呆れてしまう。
 
「はぁ……なんだい幽香?」
 
 覚悟を決めて、言葉を返す。
 しかし再び幽香から返ってきたのは、僕の覚悟なぞを軽く吹き飛ばすものだった。
 
「もし受粉していたら……その時はよろしく頼むわね」
 
 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学


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鈴月

Author:鈴月
初めまして、鈴月(すずつき)と申します。最近になって東方に嵌った俄です。
ここではCoolier-クーリエ-東方創想話に投稿した作品のまとめ等を行いたいと思っています。

the.bell.moon○gmail.com
何かありましたら上記の連絡先までお願いします。
(○を@に変えて下さい)

Skype ID:suzu_tuki

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