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殺しのテクニック

分類:鈴仙・優曇華院・イナバ 綿月依姫 森近霖之助 河城にとり 短編
 
 

 人生とは、ルーチンワークの繰り返しだ。

 起きて、働き、眠る。その三つのルーチンワークがワルツのように繰り返され、延々と踊り続ける。そうして踊って踊って、いつしか靴もすり切れるほどに踊り疲れた時。それが死であり、ルーチンワークからの脱却なのだろう。

 もしかしたら死んだ後も、また別のルーチンが待ち構えている可能性はある。しかし、現段階ではそれを知る術はなく、今の私に判るのは、少なくとも今私が過ごしている日常は、変わらないルーチンの繰り返しという事だけだ。今は、その目の前のルーチンをこなすだけで充分であり、先のことまで考えを巡らす暇はない。死んだ後の事は、死んでから考えれば良いのだから。
 全ての情報から遮断され、何も考えられない状態の事を死と呼ぶのかもしれない。しかし、そのような状態になったのだとしたら、そもそもルーチンについて考える事すら出来ないのだから、それはそれで解放されているのだとも言える。なんにせよ、今はそのような未来の予想などどうでも良い。そういうものだ。

 どうでも良い未来のついでに、どうでも良い過去のことについて、少し考える。私が、私自身といえる存在を形作る事になった経緯についての事、自らの人生をただのルーチンワークの繰り返しだと言い切れるようになった経緯の事だ。

 しかし、正直に言ってしまうと、私が自らの人生をルーチンワークの繰り返しだと考えるようになった切っ掛けのことは、良く覚えていないのだ。
 強いて言うならば、私の両親は、一粒種の娘である私の行く先に、何かとレールを敷きたがる性分だったのが原因だったとも考えられる。
 物心つく頃から私は、両親から「アレをしなさい」「アレはしてはいけない」と、行動を逐一指示された。もちろん、好奇心をそのまま人型に固めたような年頃の子供に、そんな指示を一々聞き入れる余裕はない。私は幾度となく親の言いつけを破った。
 その結果は、誰もが幼少時代に経験しているだろう。両親から言いつけを守らない事を叱責されて罰を受け、結果泣き叫ぶ羽目になる経験を。
 そのような誰もが経験するような時代を過ごしている内に、私はある事に気が付いたのだ。「誰の機嫌も損ねなければ、私の機嫌が損ねられる事もない」と。
 そう、自らの心を平穏に保っていたいのなら、周囲との波風を立てなければよいのだ。そうすれば、私は平穏な人生を過ごせる。そしてその為に必要なものは、自らの行動を規定してくれる上位の存在だ。誰もが認める上位の存在が私が行うべき正しい行動を示してくれるのならば、それに従っている内は私の行動を誰もが正しいと認めるだろう。誰もが認める正しい行動ならば、誰の機嫌も損ねることがないだろう。結果、激情が吹き荒れることもなく、穏やかな波がいつまでもたゆたい続ける平穏な心のままで日々を過ごせる。私はそう考えた。

 それからというもの、私は常に自らの上位の存在を規定し、その存在の指示通りに生きてきた。そしてそれは、私の機嫌が損ねられない事、心が常に平穏である事へと大いに貢献した。
 だからだろう、いつの間にか私の心には、常に一定のリズムで寄せては返す波しか存在しなくなっていた。まるで、人工的に作られた狭いプールのように。
 しかし、その事実に気が付いた自体も、私の波を変化させる事は出来なかった。逆に、私はその事が喜ばしかったのだ。何故ならば、私はこの先、誰よりも穏やかな心持ちのまま生涯を過ごせるのだろうとの予感があったからだ。
 なにものにも侵されることのない平穏。全く素晴らしい事ではないか。例えそれが、無味無臭のルーチンワークの繰り返しだったとしても。
 そうして私は、日々を平穏に過ごしている。私の上位である存在、上官の指示を日々受け取る事によって。

 私が軍に所属した経緯については、特に語る事もない。上官以前の私の上位存在であった学校の先生、彼の指示に従い職業適性の検査を行い、その結果、私が軍人に相応しいと判断されたから。それだけだ。

  ◆  ◆  ◆

 ある日、私は上官より呼び出しを受けた。恐らく、新しいルーチンを私に与えてくれるのだろう。そのような当たりを付け、私は上官の部屋へと入室する。

「失礼します。レイセン軍曹、ただいま出頭いたしました」

 敬礼を行う私を一瞥すると、上官はただ短く一言「新しい任務だ」と告げた。
 次いで、差し出されるバインダーが一つ。恐らく、任務の詳細などが記述された書類だろう。私が必要とする情報は、全てそこにあるに違いない。ならば、余計な質問を差し挟む必要はない。

「了解です」

 私は上官以上に短い返答をすると、バインダーを手に取り部屋を後にする。いつもと同じように、穏やかな規則正しい波を心中に伴って。

 自室に戻り、バインダーを開く。そこにあったのは、先程の会話並みに簡素なものだった。標的の写真と簡単な経歴、そして狙撃を行うに相応しいポイントと時間。最後に指示が一つだけ。『標的を発見次第狙撃せよ』と。
 狙撃せよ、とは即ち撃ち殺せ、という事。要はいつもと同じルーチン、狙撃による暗殺という訳だ。

 私は何とはなしに標的の写真を見詰める。そこには、厳つい顔をした男が映っている。カメラ目線ではない為、恐らく諜報部あたりが隠し撮りしたものだろう。この任務の為にわざわざ撮影したのかは定かではないが、もしそうだとしたらわざわざご苦労な事である。ルーチンワークに追われるのはどこもかしこも一緒、という訳だろうか。
 なんにせよ、一度標的の顔を見てしまえば、もうこの写真は必要ない。私はそれほど人の顔を覚えておくのは得意ではないし、後々まで覚えておく必要性も感じない。どうせ、彼の顔を見るのはあと一回だけになるのだから。

 私はもう一度書類を見て狙撃ポイントの確認だけを行うと、最早用済みとなったバインダーを机上へとおざなりに投げ出す。そして、新しいルーチンワークをこなすために部屋を後にするのだった。

  ◆  ◆  ◆

 5階建てビルの屋上。それが今回指示された狙撃ポイントだった。そして、標的が出てくると予測された建物の入り口までは、直線距離でおよそ800m。私が今回持ってきた弾薬の最大有効射程とほぼ同等だ。
 弾が届くのならば、私に当てられない道理はない。いつもと変わらない心境で、一つ一つ発砲に至るまでの過程を整えていけば良い。そうすれば、いつもと同じように何事もなくルーチンを終えられるだろう。

 予定時刻まであと20分。私は傍らに置いてあった袋よりボルトアクション式の銃を取り出し、弾薬を装填。ボルトハンドルを押し込み、降ろす。800m先を狙う為のサイト調整は既に終えている。銃の準備は万端、後は私自身の準備だけだ。
 事ここに至っても心はいつも通り穏やか。ならば、いつも通りにやれば良い。
 まずは姿勢作り。左足を曲げ、膝を完全に接地させる。対して右足は足裏を地に着け、膝は空へと向ける。片膝立ちに近い形だ。
 下半身の姿勢が出来たなら、次は上半身。右手を銃のグリップ、左手は銃床へ。そしてそのまま左の肘を左膝へと降ろす。最後にバットプレートを肩へと押し当て、下部を脇で締める。これで上半身は完成。
 身体が出来たならば、後は頭だ。首を軽く傾け、頬を床尾へと乗せる。これにより私の身体は、頬、脇、左手、右手の4点で銃を支えることになる。更に、左手は肘を介して膝と繋がり、その膝は大地に支えられている。いわゆる膝射の姿勢だ。
 伏射で狙えたのならば一番楽だったのだが、生憎、今回はビルの縁が邪魔をする為その姿勢は取れそうにない。その代わり、縁へと銃を接地させる事により、安定を高めることが出来るのは幸いだ。これだけ銃を固定できれば、照準がぶれる心配などはいらない。心おきなく引き金を引けば良い。
 
 首を横に軽く傾けた姿勢のまま、私は前、即ちサイトの向こう側を見据える。決して、頭を前に出してサイトを覗き込むような真似はしない。そんな事をすれば、首筋に余計な力が入る。それでは、折角作り上げた姿勢が台無しだ。必要なのは、どこまでも自然体な身体。何事もなく、まるで呼吸をするかのように自然に引き金を引ける体勢なのだ。
 頭を前に出さないのと同様に、サイトを覗いていない左目を瞑る事もしない。片目だけを瞑れば、眼筋に力が入るからだ。自然体を乱す要素はどこまでも排除しなければならない。

 全ての準備は整った。後は、たった指一つ。それだけで全ては片がつく。私はその瞬間を待つ。標的に私の弾丸を届けるその瞬間を。努めて平静な心で。
 そして、その瞬間はさほど経たずに到来した。私の視界に映った人影、私の右目が捕らえた男は、紛う事なき写真の男だった。
 刹那、私は自らの能力を使用する。私が得た能力、『波長を操る程度の能力』を。



 私がこの能力に気が付いたのは、自らの心の波が、どんな事態にも揺らぐ事がないと実感した時だった。もしくは、私がどんな事態にも揺らぐ事のない心を手に入れたかったから、この様な能力が身についたのかも知れない。その辺りの因果関係は、今となっては判らない。それこそ、鶏が先か卵が先かといった問題だ。
 それよりも重要なのは、私は自分自身の波長を自在にコントロールできるということだ。
 そして今、私は自らの波長を操る。そう、自らの脳波を。

 生物の脳は、脳波の波長によって様々な状態へと変化する。波長が長い、いわゆるα波が発生していれば安静状態、波長が短い、β波が発生していれば覚醒状態といった具合にだ。ならば、その覚醒状態をもたらすβ波、その波長を能力をもって更に短くしていけば、はたして脳はどのような状態へと変化するか。
 答えは簡単、思考だけがどこまでも覚醒し、やがて思考速度が身体の反応速度と剥離し始める。つまり、周りの時間が殆ど止まって見えるということだ。もっとも、自分の身体も例外ではなく止まって感じるのだが。
 しかし、狙撃では、その動かない自分さえも利点へと繋がる。身体は、動かなければ動かないほど良いのだから。

 そして加速した思考回路は、標的をしっかりと見据えるには充分すぎる時間を与えてくれる。
 こちらの弾丸が800m先に到着するのは、本来1秒もかからない。例えば標的が100mを10秒で走る足を持っていたとしたら、その1秒では10m先に移動できる。狙撃手は、1秒未満という刹那に、10mの範囲で標的が居るべき位置を予測し、引き金を引かなければならない。
 しかし、今の私は違う。本来の時間では1秒もなかったとしても、体感時間ではそれ以上の時間を得る事が出来るのだから。私はゆっくりと標的の動きを見定め、引き金を引けば良い。例え相手が10m移動しようとも、800m離れたこちらからでは、たった1度銃口をずらすだけで事足りるのだから。

 私は鈍化した時間の中で、改めて標的を確認する。標的は、何も知らずに歩いている。突然走り出すという気配もない。ならば、後は引き金を引くだけで充分だ。弾丸は彼の頭蓋を派手にノックして、その中身を外に叩き出すだろう。
 ゆっくりと、掌全体を握り込むように人差し指に力を込めてトリガーの遊び部分を引いていく。人差し指だけに力を込めるよりも、こうした方が余計な力は入らない。思考速度だけが加速しているせいで、まるで亀の歩みのような遅さで動く私の指。しかし、焦ることはない。のろまな亀でも、歩みを止めなければいつかはゴールへと辿り着く。このルーチンワークの終わりというゴールへと。
 引き金が、僅かに重くなる。遊びを最後まで引いた証拠だ。あとほんの少し、1mmにも満たない厚さの向こうにゴールが待っている。そして私は、引き金を引ききった。

 閃光、轟音、衝撃。
 銃より発生したそれら全てを意に返さず、私は標的を再び見据える。
 そこにあるのは、標的だったもの。放射線状に広がった、真っ赤な花弁。どこからどう見ても、即死だった。
 それを見て、私はようやくサイトから目を離す。そして両目を瞑り、ほんの一時、彼へと祈りを捧げる。容赦もなく慈悲もなく、ただ呼吸をするように自然に私が命を奪った、名も知らぬ彼へと。一足先に自由になった彼へと。
 そして次に私が目を開いた時、最早私の脳裏に彼の顔は存在しなかった。あるのはただ、今日の分のルーチンワークが終わったという実感だけ。そういうものだ。

  ◆  ◆  ◆

 前回の任務より数日、私は再び上官より呼び出しを受けた。恐らく、また新しいルーチンの事だろう。

「失礼します。レイセン軍曹、ただいま出頭いたしました」

 敬礼を行う私を一瞥すると、上官はただ短く一言「新しい任務だ」と告げた。次いで、差し出されるバインダーが一つ。何も変わらない、ルーチンワークに組み込まれた光景。ならば私も、発するべき言葉は決まっている。

「了解です」

 私はお決まりの返答をすると、バインダーを手に取り部屋を後にした。

 自室に戻りバインダーを開けば、そこにあるのは予想通り、写真と書類、そして指示。最早見慣れた、日常の一部だ。
 しかし、写真を見た際に私が抱いた感情は、今までの日常において抱いたものとは異なるものだった。
 そこに写っていたのは、女性だった。整った顔立ちで、意志に満ちた切れ長の目も相まって、まさに凛とした、という形容がぴったりと当てはまる。顔立ちからして、歳は私よりも幾つか上だろうか。少なくとも、一回りも離れてはいないと思う。
 この様な相手が標的として指示されるのは、私にとって初めての事態だった。しかし、上官がやれと言ったのだから、正しいのだろう。私はさほど疑問を挟むこともなく、任務の準備を始めるのだった。「そういうものだ」と、誰に言うでもなく呟いて。

  ◆  ◆  ◆

 小高い丘の上、地に伏せた状態で私は標的を待ち構えている。既に射撃姿勢の準備は万端、後は標的が姿を現す瞬間に心を向けるだけとなっていた。
 だというのに、私の心は何故かざわついていた。理由はきっと、写真に写っていた彼女の眼。彼女の瞳に宿っていた意志の光が、私にはとても眩しく感じたからだ。何故眩しく感じたか、それは判らないのだが。
 写真は正面からの構図ではなかった為、彼女の眼の光を正面から見据えることは出来なかった。そして残念ながら、これからも見る事は叶わないだろう。建物の向きと私の居る位置からして、恐らく私は彼女の側頭部を撃ち抜く事になるだろうから。

 何とも言えない居心地の悪さを、心に生じたかすかなさざ波を、私は能力を使って打ち消す。今の私に、余計な波はいらない。必要なものは平常心一つだけ、ただいつものように、ルーチンワークの一つをこなすだけだ。
 能力によって、私は平静極まりない心を取り戻す。心中で寄せては返す、規則正しい波。
 そう、なんて事はない。いつもと同じ。ただ、見えたら撃つ。それで、終わり。私は何事もなくルーチンを終えられる。 自らに言い聞かせるように、私は胸中でそう呟いた。

 待望の瞬間が訪れたのは、それからすぐ後の事だった。
 私の右目が、標的を捕らえる。丁度建物から屋外へと出て来た瞬間。無防備極まりない左側頭部へと、私の視線が集中する。
 今……殺しの時だ。私は自らに能力を使用、脳波の波長を切り詰めていく。波長の短波化に伴い、周波数は上昇。思考速度の著しい加速が始まる。徐々に周囲の時間は亀のように遅くなり、自在に動けるのは私の思考のみとなる。

 標的は今、全く微動だにせず、静止している。そもそも、初めから歩いていなかった。屋外に一歩出た姿勢のまま、立ち尽くしているのだ。
 彼女が何故そのような行動を取っているのか、それは判らない。ただ私にとっては、それこそ格好の標的だった。完全に静止した目標ならば、私は2000m先からでも撃ち抜く事が出来る。今の距離はおよそ800m、更に風はなく、遮蔽物は何も存在しない。ここまでの条件が揃って、外せという方が無理な相談だ。

 私は、ゆっくりと引き金を絞っていく。後ほんの数mm。それで終わりだ。
 その瞬間、私は有り得ないはずのもの、見えるはずのないものを見た。そう、標的の、彼女の苛烈な意志が煌めく瞳を。

 有り得ない! 気付かれた! 早すぎる! 
 私と彼女の視線が交錯した刹那、私の脳裏に幾つもの思いが駆け巡る。
 しかし動揺する私の心とは裏腹に、数え切れないほどのルーチンワークの果てに自ら身体に染みつかせた動作は、最早心など関係がなく、確実に最後の手順までを遂行していた。引き金を引ききるという、最後の瞬間を。



 気が付けば、私の身体は宙に浮いていた。
 比喩でもなんでもなく、単純に蹴り飛ばされ、宙に浮いたのだ。もっとも、蹴り飛ばされたことに思い至ったのは、一度浮いた身体が地に叩き付けられてからなのだが。
 理解不能の衝撃と、全身の痛みに、私は能力を解除してしまう。最早完全に無防備な状態だ。通常の思考すらままならない。
 私は痛む身体を出来るだけ意志の外に置きながら、私の左脇腹を蹴り上げた正体を見据える為、首を向ける。すると目の前には、サイト越しに覗いていたはずの彼女。800m先に立ち尽くしていたはずの標的が、立ち尽くしていた。まるで始めからそこに居たとでも言いたげな威風堂々とした佇まいは、まるで樹齢幾百を数える巨木を連想させる。

 しかし、彼女はつい先程まで遥か彼方にいたはずなのだ。そして本来ならば、脳髄をまき散らし、二度とその双眸を開く事はなかったはずなのだ。その存在するはずのない双眸が、今私を見詰めている。その事実が、私に例えようもない恐怖を抱かせる。もう二度と立ち上がりたくなくなるような恐怖を。
 その恐怖心を必死で押し殺し、私は前を向き続ける。ここで両目を閉じてしまえば、私はきっとこの先何も見る事が出来なくなるだろう。少なくとも、二度と平穏な心などとは言っていられない状態にはなる。それを防ぐ為にも、今はなんとしてでも立ち向かう時だ。相手の動きを鋭敏に察知すれば、逃げの一手を打つことも可能かもしれないのだから。もっとも、それが成功するのは千に一つか万に一つか、億か、兆か、それとも京か。この相手から逃げ出すには、それこそ那由他の彼方へと駆ける足が必要になりそうだが。

「なるほど、肋骨が粉々になってもまだ動くとは、中々の気概です。ならばそんな素晴らしい兵士である貴女に、少し助言を授けましょう」

 彼女は、まるで世間話でもするかのような柔らかな物言いで、私へと何やら助言とやらを告げ始める。
 まるで夢、それもとびきりの悪夢のようだ。しかし、今だ全身に走る痛みは、そのような生ぬるい幻想を吹き飛ばしてくれる。

「狙撃兵なら明日のために、その1『すごく見晴らしのいい所でうんと離れる』、その2『近づかれたら死を覚悟』、ゆめゆめ忘れぬように。まぁ、もう貴女に明日はないのですが」

 私は、改めて彼女の眼を見据える。そこにあるのは写真を見たときにも感じた、いや、それ以上の苛烈なまでの、意志。自らの行いを決めるのは、自分ただ一人だけであるという自信に満ちた感情。そしてそれを邪魔するものがいれば、何者だろうと切り伏せるであろう、漆黒の意志が満ちていた。
 そして、同時に私は理解した。
 あぁ、この光を私が眩しく感じた理由は、畏怖だ。私が決して持ち得なかったものを、彼女は持っている。私は決して、彼女のような瞳は持てないだろう。それ故彼女が眩しく、そして恐ろしく感じたのだ。

 あくまで無表情、しかし瞳には私を殺すという決意を満たして、彼女が私へと一歩一歩近付いてくる。それが、私の瞳が映した最期の光景だった。

  ◆  ◆  ◆

「――そうして、哀れな私、鈴仙・優曇華院・イナバは綿月依姫様に殺されてしまったのでした。めでたしめでたし」

 そこまで話すと、鈴仙・優曇華院・イナバは口を閉ざした。そしてその周りには、対照的に口を開け放して呆気に足られた表情の二人。

「なるほど鈴仙が死んでめでたしめでたし――っていやいや! 鈴仙生きてるじゃん! ピンピンしてるじゃん! 足あるじゃん! ピョンピョン跳ねるじゃん!」

 ビシィ! という音が聞こえてきそうな程の勢いで突っ込みを入れるものが一人。鈴仙の友人である河城にとりである。

「フムン。となると、今の話は良くできたフィクションという訳か。僕としては、一体どこまでがフィクションだったのかが気になるね」

 冷静に質問を述べるもう一人の聞き手。現在三人が囲んでいる鍋と場所を提供した人物、森近霖之助である。



 事の起こりは、鍋も終盤にさしかかり、ぼちぼち三者の箸も止まってきた事に所以する。
 鍋で充分に腹は満ちた、腹が満ちたのならば、今度は頭を満たしたい。そんな訳で、にとりが「一つ何か面白い話をして欲しい」と鈴仙にねだったのが始まりだった。霖之助にそれを頼まなかったのは、彼の『面白い』と彼女が求めた『面白い』はきっと天と地ほどの差もあると知っていたからだろう。またぞろなんの薬にもならない蘊蓄話を聞かされてはたまらないからだ。

 そして、鈴仙が「それならば……」と口を開き、語り始めたのが先程の話だった訳だ。それも「私が昔経験した話なのですが……」というもっともらしい前置き付きで。
 結果、鈴仙の過去話だと思い込んで聴いていたにとりは、まさかのオチに豆鉄砲を食らったような表情となったのだった。

「私は、何か話をして欲しいとせがまれたので、しただけです」
「いや、まぁ、確かに頼んだのは私だけどさぁ……」

 全く悪びれもせず、表情を崩さずにとりにそう告げる鈴仙。にとりはその表情を見て、彼女を霖之助に次いでブラックリストへと追加するのだった。

「それで鈴仙」

 にとりとの会話が一段落したのを見計らって、霖之助が声を掛ける。

「先程の質問を繰り返すが、今の話はいったいどこまでフィクションが混ざっていたんだい? 全て? あるいは君が殺された事だけが作り話なのかな」

 鈴仙は改めて霖之助の方へ向き直ると、僅かに口角を上げる。

「それは……ご想像にお任せします」
 
 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学


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プロフィール

鈴月

Author:鈴月
初めまして、鈴月(すずつき)と申します。最近になって東方に嵌った俄です。
ここではCoolier-クーリエ-東方創想話に投稿した作品のまとめ等を行いたいと思っています。

the.bell.moon○gmail.com
何かありましたら上記の連絡先までお願いします。
(○を@に変えて下さい)

Skype ID:suzu_tuki

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