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リハビリテーション

分類:森近霖之助 短編
 
 
  光は影を生み、影は光を際立たせる。両者は複雑に絡み合い、溶け合い、分かつ事など叶わぬほどに手を取り合っている。
 どちらかがあればその裏にはもう片方が必ず存在し、どちらか単体だけでは世界は成り立たない。

 だからこそ、僕はこの世界が嫌いだった。

 僕は、光なんて欲しくはなかった。ただ、暗い暗い闇の底でじっと佇んでいたかった。
 何故なら、光が当たるという事は、ものがよく見えてしまうと言う事だから。醜くて仕方が無い、何よりも目を逸らしたいもの。そう、僕自身が。

 この事実に気が付いた時の事は、良く覚えている。昔、僕が物心つくかつかないかの頃、たまたま僕は水辺を覗き込み、そして胃の中に溜まっていたものを、全て水面へとぶちまけた。
 そこに映っていたのは、あまりにも汚らわしく、醜く、おぞましい生き物だったからだ。その生き物が僕にもたらした嫌悪感は、全身をくまなく剣で突き刺された方がまし、と言えるほどのものだった。
 そして何よりも僕が衝撃を受けたのは、そこに映っていたのは、どうやらこの僕自身の姿だという事実だった。幼い僕にとってあまりにも受け入れがたく、残酷な事実。何よりも極めて身近であるはずの自分自身が、限りなく遠ざけたい存在になってしまったのだから。
 自分の中の嫌いな所、自分の中の好きな所、どちらも含めて自分自身だという話がある。だがその時の僕は、嫌いな所だけが凝り固まって、自分自身を形作っているに等しかった。だから、僕は僕自身を好きになれる要素を何一つ見付ける事が出来ず、声を潜めて泣くことしかできなかった。そこで流れる涙すら、僕には汚水としか思えなかったのだけれど。

 一体何故、僕だけがこんな醜い姿をしているのだろう。正確に言えば、醜い姿に『感じる』のだろう。事実、僕は他の人を見た時には、自分を見詰めたときの嫌悪感などは一切感じない。ただ、自分の姿だけが、どうにも醜悪なものに感じられてしまうのだ。姿形自体は、僕も他人もさして変わる所など無いはずなのに。
 この事について、僕なりの仮説というものは一応ある。僕はきっと、ラバと似たようなものなのだろう。
 ラバ。ウマとロバの合いの子。異なる血を持つもの同士が交わって生まれた結晶。遺伝子という複雑怪奇な螺旋、その煩雑な機能が生み出した悪戯と言い換えても良い。そしてこの血の螺旋に定められた摂理を超えるという罪は、一つの罰を背負っている。自らの血統を残す事の出来ないという罰を。
 そう、ラバは自らの子をなす事が出来ない。混じり合った血は、次代へと自らの遺伝子を受け継がせる力を奪われてしまっているのだ。
 生憎と、僕の両親はウマでもロバでもない。だから、本当のところ、彼らがどうして子を作れないのかを伺い知る事は出来ない。しかし、似たような自分の立ち位置と重ね合わせる事で、何となくとだが推測する事は出来る。
 彼らもきっと、自らを醜悪な生き物としか見る事が出来ない業を背負っているのだろう。だから、子を残さない。残せないのではなく、残さないのだ。このような汚れた醜い血統など、自分だけで十分だと考えるだろうから。

 だから僕は、夜が好きだった。夜の帳が降りた世界は、光の槍が降り注ぐ世界よりも大分過ごしやすい。槍のそのギラギラした輝きが僕の目に不快なものを見せつける事もなく、薄闇のカーテンが全てを曖昧にぼやかしてくれるからだ。
 しかし、そのカーテンも万能ではない。夜とはいえ、空には幾つもの光がある。それらの煌めきは昼間よりもずっと淡いが、それだけに恐ろしい。僕は、中途半端な希望こそが、後の深い絶望を生む事を知っている。淡い光は確かに僕の輪郭を際立たせる事はしないが、決して僕を見逃す事はないからだ。
 太陽は、空には一つしか存在しない。だから、ある程度注意していればその威光から自らを隠す事も出来る。しかし、星々は違う。彼等は、見上げればそこに居るのだ。いつも、そこにあるのだ。その全てが消える事は、決して無い。遥か彼方より飛来する過去の亡霊が、僕を貫き続けるのだ。

 太陽も、星々も、僕は怖かった。だからこそ僕は明日を呪い続けた。日々変わらず姿を現す光を。しかしこの世界には、それらの光よりも僕を悩ませ、狂わせる別の光が存在する。それを僕は教わったのだ。彼女から。



「貴方は何もの? 人間? 妖怪?」

 初めて僕が彼女に会った時、彼女は僕にそう聞いてきた。僕はと言えば、きっと呆気にとられた顔をしていたと思う。なにぶん人との対話など、過去にそれを行った記憶すらとっさには思い出せないほど、久しくない事だったのだ。
 僕は上手く回らない頭を必死に動かしつつ、出すべき言葉を探る。しかしそこで見つかるのは、これ以上傷付きたくないが為にその場を取り繕う嘘の言葉ばかりで、結局は探すのを止めて黙り込んでしまった。
 あまりにも無防備に、正面から語りかけてくれた彼女に嘘を突き通せる気はなかったし、かといって本当の事を言って奇異の目で見られることも恐ろしかった。だから、ただ口を噤むしかなかったのだ。

「ん? もしかして喋れないの?」

 ただ黙って立ち尽くしている僕を見かねたのか、彼女は不思議そうにそう訪ねてきた。

「そうじゃない。他人には何も喋る事がないだけだ」

 僕はぶっきらぼうに、彼女を突き放すようにそう返してしまう。あぁ、こんな事が言いたいはずじゃなかったのに。何か、何か違う事を言わなければ。
 でも――どうせ、いつかは嫌われるなら。いつかは人に憎まれるなら。そうなる前に僕の方から嫌った方が良い。そうした方が傷は浅くて済む。僕自身すら自分を好きになれないのに、他人が僕を好きになってくれるはずがないのだから。
 そんな考えが頭に浮かんで、やはり僕は言葉を紡ぐことが出来なくなってしまった。

「ふぅん。他人には、喋ることがないんだ」

 彼女は僕に冷たく突き放されたというのに、何故か嬉しそうにそう言った。そして不敵な笑みを浮かべると、僕へと片手を突き出してくる。

「じゃあ、私達友達になりましょう。そうすれば『他人』じゃなくなるから話をしてくれるんでしょう?」

 全く、なんて変わり者だろう。僕のような得体の知れないものを捕まえて、いきなり「友達になりましょう」とは。
 だけど、そう言って差し出された手はあまりにも暖かく、眩しかった。それこそ、それこそ僕自身が見放した僕に差し出された救いだったのだから。
 その時僕は、思わず泣いていた。あまりにも、嬉しくて。そして彼女はそんな僕を見て、笑った。心の底から楽しそうに。僕の涙を汚らわしいものとは全く考えずに。その事実がやはり僕には嬉しくて、いつしか僕も彼女につられて大声で笑った。互いの笑いは暫く絶えることが無く、周りを満たし続ける。

 こうして、僕に生まれて初めての友達が出来た。



 それからも、僕と彼女は何と言うことのない会話を合う度に交わした。その事自体は何よりも嬉しかったのだが、それと同時に僕へと大きな影を落とす。
 彼女はまるで、地上に降りた神秘の輝きだった。彼女のその忌憚なき明るさは、太陽の輝きよりも、星々の煌めきよりも僕を一層惨めにさせる。
 彼女は、彼女が生きる世界は、なんて美しいんだろう。何故そんな美しい世界に、僕のような汚らしいものが生きてしまっているのだろう。
 だから、僕は彼女が恐ろしかった。彼女の光は、僕の影を浮き彫りにしてしまうから。
 そして、それよりも酷い恐怖を僕は抱くようになっていた。僕は彼女に感じるその恐怖を、徐々に恐怖と感じなくなってしまっていたのだ。その事実が、他の何ものよりも恐ろしく感じた。
 そう、僕は、僕自身のこの醜さ、矮小さを、あろう事か『悪くない』と考えだしたのだ。ありのままのこの僕を照らしてくれる彼女の光の中で、そんな錯覚を抱き始めたのだ。

 いつしか僕は、自分以外と言葉を交わせるという事実が、楽しくて仕方が無くなっていた。彼女のおかげで、明日を呪う自分不信者は、明日を夢見る人間信者へと見事に変貌を遂げたのだ。もう、明日を恐れて昨日を探していた僕はいなかった。彼女さえいれば、僕は自分が明日も生きていても良いと思えるようになったから。
 そう、彼女さえいれば。



 彼女は出会った時と同じように唐突に、僕の目の前から消えた。その詳しい理由を僕は知らないが、そんなものはどうでも良かった。ただ僕にとって大事なのは、僕が彼女と言葉を交わす事は、二度と叶わないと言う真実だけだった。

 僕は、どうしようもなく迷子だった。彼女がいなければ一歩を踏み出す勇気もなく、そもそもどこに向かってその足を進めて良いのかすら判らない。ただただ、光の差す方から僕へと、救いの手が伸びてくるのを待っているだけだ。こんな救われない僕を救済してくれるようなものは既にいないという事が頭では判っているのに、それがどうにも止められないのだ。
 結局、僕はどこまでも臆病で、姑息な人間だったのだろう。自分が何かを失う事を恐れて縮こまっている癖に、誰かが自分に与えてくれる事をひたすらに望んでいた。

 こんなにも自分が嫌いならば、いっその事一思いに止めを刺してしまおうと考える事もあったのだが、生来の臆病さがそれを拒む。だからこそ、今までだらだらと生を重ねていられたのだ。
 足掻くように自分の呼吸を止めたりもしてみるが、それで何が変わる訳でもなかった。ただ苦しくなるだけで、窒息するまで堪えるなどの我慢が僕に出来る訳がないから。ただ僕には、なんでこんなに僕が苦しんでいるのに彼女は来てくれないのだろうという、本当に自分勝手な呪詛を吐くくらいしか出来ない。

 生きているという事自体に罪があり、いつか死という罰が下ると人は言う。しかし、僕にはその罰こそが救いだったのだ。いつか訪れるその救いを待ちながら、僕はただ怠惰に罪を重ね続けるしかできない。無駄な罪を重ねれば、それだけ罰が訪れるのも早くなるかもしれないという淡い期待を胸に。
 明日を夢見た人間信者は 明日の死を待つ自殺志願者に変わっていた。あの時の夢見ていた自分自身を見る事が出来れば、僕はきっと大笑いしていたに違いにない。お前の信じているのものは、砂上の楼閣よりもあっけなく崩れ去ってしまうものなのだと指を差しながら。



 気がつけば、僕はずいぶん歳を取っていた。でも心は幼稚なまま。彼女が去ったあの時のまま。
 僕を変えてくれた彼女がいなくなってしまった以上、僕は変わらないと思い込んでいた。それはもう、僕の髪の色がすっかり変わるほどの長い間。
 でも、違う。僕の心は、彼女が去った日から弱くなっていた。凝り固まっていたはずの心が溶けるほど、弱く。そして溶けて崩れた心の隙間から漏れた閃きはとても安易なものだった。「さあ旅に出よう」という単純な。
 僕がそんな事を思いつくなんて、僕自身が不思議と考えるほど有り得ないことだった。でも、何故だかそれも悪くないと思えたのだ。かつて僕が自分の醜さを『悪くない』と思えたときと同じように。

 だから僕は、あれ程嫌いだった自分を連れて、旅に出る。
 きっとその旅路では、今までにないものを色々と見付けるに違いない。新しい服、新しい靴、そして新しい友達。今度は伸ばされる手を待つだけではなく、こちらから歩いて行ってやるのだ。
 僕は今度こそまともになれるだろうか? そんな事を考えながら、僕は黙々と旅支度を進めた。


 
 そして僕は実際に旅をしてみた。結果、自分でここにいたいと思える場所を見付けたのだ。一カ所にじっとしているのは良くないと、過去に君との別れを経験した僕の脳細胞が警告を告げるが、今更そんな事は気にしない。
 きっと嬉しい出会いも悲しい別れも、醜い僕も美しい世界も、それを感じる僕の考え方次第なのだ。結局、光と影が切り離せないように、あらゆるものは複雑に絡み合っている。だから、嫌な事ばかりを気にしたって、しょうがない。複雑なものを複雑に捕らえようとしたら、あまり複雑に出来ていない僕の頭の方が先に参ってしまう。
 だから精々、僕に思いつく範囲で楽しい事を考えて、出来る限り精一杯の幸福を語っていようと思う。
 そんな訳で、少しずつ僕は元気になっていると思う。僕はまともになれたかな?

  ◆  ◆  ◆

 今、僕は決して出さない君への手紙を書いている。
 フムン。わざわざ君に向けての言葉を綴るなんて事は気恥ずかしいものだ。『彼女』なんて言葉で誤魔化してはいるものの、それでもやはり面映ゆいものはある。
 まぁ、でも、この僕がこうやって何よりも見たくなかったはずの自分を省みる、なんて事が出来ているのは成長した証と言えるのではないだろうか。
 そう、全て君のおかげだ。君のおかげで、かつての自殺志願者は永久幸福論者へと変われたのだ。
 時々、無性に君と話がしてみたいとは考えるが、それはきっと君がきっと許してくれないだろう。判っている。病的な衝動に負けてはいけないと。だから、行ける所まで生きてみようと僕は思う。そうしてからなら、許してくれるだろう?
 
 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学


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鈴月

Author:鈴月
初めまして、鈴月(すずつき)と申します。最近になって東方に嵌った俄です。
ここではCoolier-クーリエ-東方創想話に投稿した作品のまとめ等を行いたいと思っています。

the.bell.moon○gmail.com
何かありましたら上記の連絡先までお願いします。
(○を@に変えて下さい)

Skype ID:suzu_tuki

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