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かくも無数の悲鳴

分類:森近霖之助 古明地さとり 掌編
 
 
フムン、何故、客は来ないのだろう、そればかりを考えて、考えて、考え倦ねて、いつの間にやら、客がこの停滞した状況を打ち破ってくれるのを望んでいるのか、この静謐とした雰囲気に包まれた空間を傍若無人たる来訪者の手によって打ち破られるのを恐れているのか、自分の頭では判断がつかなくなり、つまりはそんな事の判断すらつかなくなるほどに、自らの頭を持て余してしょうがない状況に追い詰められているのではないか、これはひょっとして、僕の脳が持つ判断能力は危険領域に飛び込もうとしているのではないかという、漠然な不安にも駆られるが、これも結局は客が来ない事による疑心暗鬼に囚われてるとする向きとして捉える事も出来、これを打開するは、やはり僕以外の何者かと対話する必要があると考えるのだが、その相手がいないからこそ今この現在の状況がある訳で、手も足も出ない閉塞感をどうにかするには、文字通り誰かの手足を、出来ればそれに付随した身体と、それとある程度の物わかりのある心を必要としているのだが、そんな僕の心を理解してくれる他者を心待ちにしてしょうがない心持ちも、今現在ここには僕の心しか存在しないという現実があまりに無慈悲である為か、その心持ちを無駄なものと捉えて、大して価値観を感じる事が出来ない、とまで言うと些か大言なのだが、それでもこの香霖堂内には僕の心しか存在しないと知っているのにもかかわらず、今この目の前に僕の心を理解し尽くしてくれる存在があると考えるのは、やはり無駄な事としか言えないのではないだろうか、そんな事をぼうっと考えている今ここで座ってる僕の姿は、それこそ他人から見れば心ここに有らずとしか見えないのではないか、そしてそれはつまりこの場には心が存在しないという非常に面白い、興味深い結論へと行き着いてしまう、が、もしも他人がここにいて僕を見ていたとすれば、初めから僕の心は何処かに退避する事も無かった訳なのだから、これは立派な矛盾、パラドックスに陥ってしまうと言えるのだが、ここで言うパラドックスはそもそも前提条件から間違っている、しかし、パラドックスというのは大体前提条件の中に、正しそうに見えて正しくないものが必ず含まれているからこそのパラドックスになる、という事は先程の言葉のうち、何かが間違っているのとの結論になるのだが、僕としては一番間違っていると声高に主張したいのは、香霖堂に客が来ない、という前提条件だ、がしかし、幾ら目を背けたくとも、これは純然たる事実、事実から目を背け続けたとて、最後には結局一回転して向き合う羽目になる、幻想にでも逃げ込まない限りは、だがよくよく考えてみれば幻想になったものが流れ着く幻想郷の中で、改めて現実と向き合うというのも中々面白い話だと考えられるが、まぁ、結局の所、現実、それも自分自身の中にある確固たる現実、自分自身が最期まで信じ、心中する事になる現実から離れて生きていけるものなど、存在しないという事なのではないだろうか、自分で自分の現実を見失った先にあるのは、精神の希薄化であり、そのような薄まった心持ちで生き抜いていけるほど、現実というのは甘くはないものだと僕は思っているが、これも僕の考える現実論であって、他の人にとっての現実ではまた違うのかも知れない、しかし、他者の現実を窺い知る方法なんて現実には存在しないのだし、だからこれはどれだけこねくり回した所で、机の上を出る事はないのだろう、僕の知らないだけで他者の裡を手に取るように知る方法があれば別なのだが、いや、それでもきっと完全に他者を知る事は出来ないだろう、何故なら、他者とは、自分と分かたれているからこその他者なのであって、他人の考えを生のままに自分の裡に取り込む事などは出来はしないと考えられ、その生のままの感情を解釈しようとすれば、どうしても自分という存在の手が入ってしまうし、自分の手を入れずにそれを調理しようとするならば、後はその他者になりきるくらいしか手はないが、それをすれば今度は自分を見失ってしまう事へと繋がり、これでは本末転倒甚だしいといえるだろう、他人の全てを知るにはその他人自身になるか、それともその影を見て知った気になるかの二択しかないのだ、が、まぁ、それはそれとして、他人の言動その他が落とす影を見ただけで、その人の本質を知った気になるのも、それはそれで難しい問題とは言えるのではないだろうか、何故なら人は、決してその胸の中に貯め込んでいる全てを明かしながら行動するわけではなく、それどころか時には、無意識下で行動する事もあるからだ、無意識というのは、言ってしまえば意識という湖の底に沈んだ泥のようなもので、普段その湖上を忙しげに泳ぎ回っている僕らの精神から見れば、自らの遙か下にある泥などは存在しないようなものにも思えるが、人間というものの精神は、身体がそうであるように、四六時中両手両足を動かしている訳にも行かず、時々は休めたりする訳で、そのような時にうっかり沈んでしまう、という事もあり、それで沈んだ精神が無意識という泥に触れ、その動きを阻害される事で、意識の空白というものが生まれるのだと、僕はこの様に解釈しているのだが、これはそこまで的を外れた考えではないと思うので、是非とも誰かにこの考えを聞いてみて、出来がいかほどかを聞いてみたい所だ、そしてその為には、この話を聞かせる為の僕以外の人物が必要になるわけで、それはこの香霖堂を訪れる客と解釈して良いだろう、つまりは、僕の正しさを証明する為には、その証明を与えてくれる客の来訪が不可欠、そんな訳で僕は先程より一層来客を心待ちにしているのだが、何故誰も来ないのだろう――

  ◆  ◆  ◆  

「で、これは一体何なのかしら?」

 古明地さとりは、香霖堂の入り口、そのドアノブに手を掛けたまま、そう呟いた。
 先程よりさとりの第三の目には、流れるように、それでいて支離滅裂な思考が矢継ぎ早に飛び込んできており、彼女の心をかき乱す事甚だしい。彼女の自制心があと少しでも弱ければ、かき乱された心に溢れる感情を硬く拳へと握りしめ、この益体もない思考を垂れ流している輩へと怒鳴り込んでいた事だろう。

 それにしても、ここまで意味もなく冗長な思考を出来る人物がいたとは。感心する気持ちなどこれっぽっちもなく、ただ呆れる為だけにさとりは溜息を吐く。
 先程から店の中より溢れてくる声はたった一人のものだけである為、これはいわゆる独り言というやつなのだろう。あまりにも次々に聞こえてくる為か、最初は沢山の人物が店の中にいるのではと勘違いしてしまったほどだ。
 店の中からの声は一つ、そしてその声は客が来ないと嘆いているのだから、十中八九これは店主の心が発しているものなのだろう。さとりはこの声の正体に当たりを付けると、先程までの溜息よりも一層大きなものを一つ、肺腑の底に溜まった泥を掻き出すかのように、吐いた。

 地上には面白い店があるぜ、お前ならきっと気に入るだろう、と聞いてわざわざ足を伸ばしたのだが、まさか面白いのは店の事ではなく、店主自身の事だったとは。我ながら馬鹿馬鹿しい事をしてしまったものね。
 さとりはお調子者の言葉を鵜呑みにした自分の軽薄さを少し恥じると、意を決してその手をドアノブから離した。

 あぁ、確かに彼は面白いかも知れない。だけどそれは、関わりたくない類の面白さ。酒の席などで誰かが肴として持ち上げると面白い、といった感じが相応しく、決してこちらから交友関係を深めようとは思えない類の。

 そしてさとりは、このうるさい店主の声を聞かなくて済むよう、出来るだけこの付近には近寄らない事を心に定め、帰路へと着くのだった。
 
 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学


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鈴月

Author:鈴月
初めまして、鈴月(すずつき)と申します。最近になって東方に嵌った俄です。
ここではCoolier-クーリエ-東方創想話に投稿した作品のまとめ等を行いたいと思っています。

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