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帝王の殻

分類:森近霖之助 霧雨魔理沙 短編
 
 
 大きいモノ。
 硬いモノ。
 雄々しいモノ。
 黒いモノ。

 それが今、魔理沙の手にしっかりと握られている。とは言っても魔理沙の小さな掌には到底納まりきるようなモノではなく、その手の端からはみ出しては、まるで天を衝くかのような勢いで鈍く輝く威光を見せつけている。
 僕はと言えば、余りの事に呆気にとられていて、ただ阿呆のように口を開けてその光景を見ていたのだと思う。我が事なのに『思う』という曖昧な表現をとるのは、それほどまでに受けた衝撃が大きかったのだ。
 何しろあそこまで見事な逸物は、僕のこれまでの生涯の中でも見た事のないほどのモノだからだ。自分としても人生経験はそれなりにある方だと自負していたが、まさかあれほどのモノを、自らの目でまじまじと見詰める事の出来る機会が巡ってくるとは思っていなかった。
 それほどの、まさに驚天動地とも言って良いような威力があった訳だ。魔理沙が握りしめた一匹の甲虫には。

  ◆  ◆  ◆

「香霖! 珍しいモノを見付けたぜ!」

 魔理沙が勢い良くこの香霖堂へと飛び込んでくるのは、まぁ良くある事だった。でも、今回の場合はその勢いが違った。魔理沙は来店時の速度を保ったまま、鼻息荒く僕と彼女を隔てる机の上へと身を乗り出してくる。その態度に怪訝な表情をする僕などまるで眼中になく、輝いた目でこちらの方へとその手にしたモノを突きつけてきた。

「これはなんだ! なんて名前だ! こんな虫がいたんだな!」

 ぐいぐいと僕の頬に押しつけられる、何やら黒く硬いモノ。その正体を見極めようにも、魔理沙が落ち着かず僕へとそれを突き刺してくる為、どうにもはっきり見る事が出来ない。そして何より、頬が痛い。

「頼むから落ち着いてくれ魔理沙。このままじゃ僕の頬には穴が空きそうだ」
「もうちょっと横に似たような穴が開いてるんだから別に良いだろ! そんな事よりこいつの名前をだな!」
「だからそれについて話をする為には、まずは君が落ち着かなければ話にならないんだよ」

 僕は頬に穴が空く危険を回避する為、まずはこの埒の開かない会話を終わらせるべく一旦魔理沙の肩を掴むと、彼女を机の向こう側へと押しやった。これにより僕の頬は、ひとまずの危機を脱する。後はこれ以上頬を刺されないように、彼女に釘を刺すだけだ。

「机というのはね、挟んで会話をする為にあるんだ。決して、上に乗ったままする為にあるんじゃない」
「でも、高い所に登った方が声は響きやすいぜ」
「いや、今はそういう話ではなくてだね……。まぁ、良い。取り敢えずは、一旦その手にしたモノをじっくりと見せてくれないか? 僕はいまだに、その手にしたモノの全景どころか半景すら見えていないんだ」
「あぁ、悪かったな。ほら」

 魔理沙は言葉とは裏腹に全く悪びれない態度のまま、その手にしたモノを僕の頬ではなく、机上へと差し出す。
 その手にあったのは、一匹の甲虫だった。
 こう言うと、まるでありふれた虫、夏にもなればその辺りの木々を探せばそれこそ一山幾らで見つかるような虫がいたかのようにも思えるが、実際にはまるで違う。この甲虫は、これまで僕が見てきたモノとは、まさしく一線を画す様なモノだったからだ。それを一目見たとき、僕の口からは自然に「ほう……」という感嘆が漏れていた事実も、この虫の偉大さを後押ししている。

 その虫は一言で現すならば、「帝王」という名称が相応しいように思えた。
 まず特筆すべきは、その大きさである。いわゆる一般に知られる「カブトムシ」より、一回りも二回りも大きい。「昆虫の王様」として呼ばれる事が常々あるカブトムシだが、その王様でさえこの甲虫の前では裸の王、もしくは子供にしか見えないだろう。
 そして何よりも僕の目を引いたのは、その大きく、雄々しい一対の角。なんと自分の体長にもほぼ等しいほどのモノを二振り、彼は携えているのだ。彼の頭からはその角が上下に二本、地面と平行に伸びているのだが、とりわけ鋭いのは上の方にある角である。その鋭さと言えば、目の前にあるものを全て刺し貫きそうな程だ。改めてまじまじと見ると、僕の頬によく穴が空かなかったものだと感心しそうになる。それほどまでに、見事な逸物だった。

「魔理沙、この虫は一体どこで」

 僕は目線を甲虫から放せぬまま、魔理沙に彼の出自を問いかける。

「ん? あぁ、家の目の前にある木に留まっているのが偶然目に止まったんだ。それで、あまりにも格好良かったから、香霖に見せつけてやろうと思ってな!」
「なるほど、僕に自慢する為だけにいきなり押し寄せたと。自慢で頬に穴を空けられては堪ったものではないがね」
「良いだろ、おかげで格好良いモノが見られたんだから。結局穴も空かなかったんだし、差し引きで見れば充分得してるぜ」

 相変わらずの減らず口。魔理沙の来襲で僕の精神は充分すり減り、その分損をしていると考えているのだが、それをあえて口に出す事はしない。そんな事をすれば、今度こそ僕の頬に穴が空く危険があるからだ。下手をすれば、店にすら穴が空きかねない。
 それに、この見事な甲虫が見られた事に関しては、確かに彼女に感謝しても良い。差し引きで見れば充分とは言えないが、どちらかと言えば得をしている部類に入れても良いのだろう。

「はいはい……。それにしても、君は相変わらずこういうモノにも興味を持つんだね」

 思えば、魔理沙は昔からそうだった気がする。彼女は、あらゆるモノに偏見無く興味を持つ。普通、いわゆる「女の子」ならば気に入らないようなモノも、魔理沙にとっては宝物に映るのだ。
 それ自体は素晴らしい事だと僕は思う。
 だが、その宝物を見付けた後が困りものだった。何故かというと、彼女はいちいちその見付けたばかりの宝物を、ご丁寧に僕へと見せびらかしにやってくるのだ。
 そしてまた困った事に、その宝物の一つ一つが、僕の琴線へと触れてくる事が多々あった。なので僕としては興味無しとして放っておく事も出来ず、結局彼女が持って来たものに対し、のべつ幕無し語りたてる。すると彼女も乗り気でそれに答える事から、いつ終わるとも知れない語り合いが続く、というのが常だった。魔理沙と語り明かしていたせいで折角の客を逃した事も、一度や二度では収まらない。

「格好良いモノは、幾つになったって格好良いんだぜ。例え私の身体が変わっていっても、この心は変わらない」

 胸を張って答える魔理沙。なるほど、身体はあくまで心の容れ物に過ぎず、容器が変われどそこに入っている心自体は変わることがない、と。例えるならばそう、盆に満ちていた水を壺に入れ替えたとて、水が満ちているという事実は変わる事がないように。覆水の場合に関しては、今ここで考える事ではないので放っておくとしよう。
 そして彼女のこの言葉が、暗に今後の自分が大きく変わっていく可能性の事を示しているのかは、僕には窺い知る事が出来ないし、これも今は考える気にもならない。今大事なことは一つ、この「帝王」に関することだけだ。
 にしても「格好良いモノは格好良い」か。まさか、その言葉を彼女から聞く事になるとはね。

「で、それはいいから、この虫の正体をだな!」

 感慨深い気分を抱く僕を尻目に、魔理沙が急かすように僕を問い詰める。

「あぁ、そうだったね。この甲虫の名前ならば、昔読んだ本に書いてあったよ。姿が印象的だったから、良く覚えている。名前は確か、『ヘラクレスオオカブト』だったはずだ」
「へぇ、身体に見合った大層な名前だな。死んだら天に輝く星々にでもなるのか?」
「さぁ? 昔の人々が何故、嫉妬に翻弄され、結果激動の人生を送る羽目になった男の名を彼に冠したのかは、僕の知った事ではないな」

 僕は生返事を返しつつ、店の奥よりある一冊の本を取ってくる。それは様々な昆虫の姿が色取り取りに印刷された、僕の蔵書の中でもかなり気に入っている一品である。

「フムン。この本によると、やはりこの甲虫は、外の世界から紛れ込んだ種類のようだね。本来この付近の気候では、生息するはずのない種だ」
「そうか、大方外に居場所が無くなってこっちにでも来たのかな? 身体が大きければ、その分場所もとりそうだぜ」

 その理屈に従えば、今頃この幻想郷は大型の生物たちが闊歩する世界になっているはずだが。しかし生憎の所、今の幻想郷は小柄な少女達が我が物顔でのし歩く世界になっている。

「世話の方法とか書いてあるか?」
「いや、生態については詳しく書かれていない。だがまぁ、人間だって身体の大小はあれど、食べるもの自体は早々変わる訳でもない。普通のカブトムシと同じでいいんじゃないか?」

 姿が似ているから、同じようなものを食べるだろうという常識は、本来この幻想郷では通用しない。人そっくりな姿をしていながら、人を食らう者達の存在があるからだ。
 しかしまぁ、彼の出身はこの幻想郷ではなく、外の世界だ。ならば、この常識も幾らか通用するだろう。もしも彼までも人を食べるという事になったなら、その時は大人しく逃げるしかないが。
 僕は何故か彼の鋭い角にはやにえにされた自分の姿を想像してしまい、少し身震いした。

「まぁ飼うにしても、道具が色々と入り用になるだろう。空の水槽やら何やらは有るから、それの中で飼えばいい。もちろんお代は頂くが」
「おぉ、流石香霖。まるで商売人みたいに手際がいいな。じゃあ支払いはいつもので頼むぜ」

 満面の笑みで、魔理沙が僕に告げた。いつもの、と言われてその内容が推測出来てしまう自分が少し恨めしい。

「結局、払う気はないと言う事か」
「ついでだ、世話もいつものような感じで頼むぜ」
「……相変わらず君は変わらないな。気に入ったモノを見付けてくるのは良いが、世話をするのはいつも人任せ」

 僕は呆れ顔で、魔理沙に返事をする。
 そうだそうだそうなのだ、彼女は昔からそうなのだ。興味津々に様々なモノを持ち込むのは良いが、結局その好奇心はあっと言う間に別のモノに移り変わり、残されるのは僕と哀れにも感興を失われたモノだけ。そして哀れなモノを無下に捨てる訳にも行かず、僕が世話をする羽目になる訳だ。この流れを省みるに、一番哀れなのは僕自身の気がするのは、きっと気のせいではないだろう。

「仕方ないだろ。うちには蛇に似たヤツがいるからさ、その逞しいモノで絞め殺されたら堪らん」
「判った判った。それじゃあこの英雄様は僕の方で預かるとするよ」

 しかし呆れてみた所で、魔理沙が自分を曲げる事なんてない事も知っている。だから僕はと言えば、彼女が癇癪を起こして面倒な事になる前に、せいぜい兄貴ぶって安請け合いするしか道はないのだ。

  ◆  ◆  ◆

 こうして交渉と呼ぶにはあまりに一方的な圧力の結果、香霖堂の一角には帝王がその陣を取ることになった。
 狭く透明な檻に囲まれていても、帝王の風格溢れた姿は変わることが無く、その立派で逞しい角を誇示し続けている。彼のその自由を奪われつつも新たな自由を謳歌している様子を見詰めているだけで、何となく僕まで満ち足りた気分になってくるのは、何とも不思議な心持ちだった。
 彼を眺めて続けていると、勘違いしてしまいそうな事が時々ある。彼は、囚われている不自由を甘んじて享受し、寧ろ貧相な僕の為に、その威風堂々とした姿を見せつけてくれているのではないかと。そんな馬鹿げた妄想が僕の脳裏を過ぎるほど、彼を見詰め続ける時間に事欠かない毎日だった。

 魔理沙も時々はその雄大な彼の様子を見に来ては、ついでに僕の商売に茶々を入れて帰って行く。また新たな厄介事を、僕の元へと持ち込んでこない事だけは救いだった。

 やがて季節が過ぎ、周囲の気温も肌寒くなってきた頃、帝王は徐々に動きを鈍らせていった。贔屓目に見てもそれは到底大丈夫とは呼べるものではなく、さりとて専門的な知識を持たない僕にはどうすることも出来ないという歯がゆい状況が続いた。

 そんな衰弱した状態が続いたある日の事、丁度魔理沙が心配そうに彼の様子を見守っていた時だった。
 帝王は突然その角を力強く、まるで空を割るかのように高く掲げると、そのまま静かに一切の活動を止めた。
 あまりにも見事な、彼という存在の終焉。帝王の、何者をも寄せ付けぬその雄偉なる生涯に、何者をも避けられぬ死の帳が降りた瞬間だった。
 思えば彼は、自らを取り巻く環境が変わろうとも退くことをせず、そして生殺与奪の権を僕に握られている立場にあるというのに、一切媚びるという事もしなかった。まるで自らの事を何も省みていないかのように。
 そのあまりに純然たる、まさに帝王と称されるに相応しい振る舞いに、僕と魔理沙は無言の敬意を返す事しかできなかった。そして僕が無意識のうちに取っていたのは「敬礼」の姿だった。涙は流さなかったが、無言の男の詩があった。奇妙な友情が、確かにそこにはあった。

 暫くの間、香霖堂は静寂という音が満ちていた。今はこの音こそが、彼を送る葬送歌になると信じて。胸を打つ感情を言葉で説明出来ないのならば、残された手段は口を噤むしかないのだから。

 やがてその静かな歌は、僕が発した新たな音によってかき消された。

「彼は、責任持って僕が供養しておくよ……一応、僕が飼い主のようなものだったしね」
「そうか……ありがとうな、香霖」

 僕と魔理沙はそれ以上言葉を交わすことはせず、今はただ静かに、失ったモノの大きさを偲ぶ。
 魔理沙はそのまま、少し小さくなった肩を一人抱え、香霖堂を出ていった。彼女は強い子だ。きっとすぐにいつもの明るさを取り戻すだろう。

 魔理沙が帰った後、僕は帝王の魂の安らぎを一人祈る。
 そしてその後、彼の亡骸をそっと、彼の生前の威厳を崩さぬよう静かに木の板へと乗せ、ピンで留める。次にその板を丁寧に前面が透明な箱に収め、誰にも彼の眠りを妨げられぬよう、外界の一切との隔離を行う。
 簡易な手順を執ったが、これで彼の供養は完了だ。この供養は、別名では標本化とも言う。
 供養と言った割りに見せ物にするのは何事だと言われるかも知れないが、なに、標本だとて形あるモノ、いつかは土に還る。それが早いか遅いかの違いだ。帝王ともあろう者ならば、その程度は寛容な心で許してくれるに違いない。

 僕は帝王の標本化が済むと、店を閉め、外に出る。目指すはもちろん、人里の霧雨店。霧雨の親父さんの所だ。
 思えば親父さんは、昔からこういったモノに夢中になるタイプだった。『格好良いモノは格好良いんだ!』と、あまりに主観的で抽象的に過ぎて、僕には良く判らない美学を語って。
 だからきっとこの帝王の亡骸も、気に入って高く買い取ってくれるだろう。親父さんが闘蟋にはまり、趣味の一言では済まないほどの額をつぎ込んで大変な事になっていたのも、今では良い思い出だ。
 その辺りの思い出を肴に、久しぶりに親父さんと酒を飲み交わすのも良いかもしれないな。きっと上等な酒を貯め込んでいることだろうし。

 僕は、また魔理沙に言えない秘密が出来た事に若干の後ろめたさを感じながら、しかしそれとは裏腹に足取りは軽く人里へと歩みを進める。
 全く、帝王には本当に感謝してもしきれないな。
 
 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学


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Author:鈴月
初めまして、鈴月(すずつき)と申します。最近になって東方に嵌った俄です。
ここではCoolier-クーリエ-東方創想話に投稿した作品のまとめ等を行いたいと思っています。

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何かありましたら上記の連絡先までお願いします。
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