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決して醒めないほど愛してる

分類:森近霖之助 掌編
 
 
 暗闇に、深紅が灯る。
 その紅炎が放つ光は周囲にざわめく黒い闇達を追い払い、つい今まで漆黒に飲まれていた僕の輪郭を際立たせる。
 僕は鷹揚にその炎を、先程から咥えている紙巻き煙草の先端へと近づけた。

 火は容赦なく先端より露出した葉を舐め付け、自ら自身をその煙草の内側へと潜り込ませる。
 炎の猛攻の前に、為す術なく徐々に燃え尽きていく煙草の葉。そしてものが燃えるという事は、当然それは無へと還るのではなく、別の何かへと変貌するという事だ。そう、灰と、煙に。
 僕はその葉から生じた新たなもののうち、煙の方を存分に自らの内へと取り込む。丁度、煙草が自らの内に炎を取り込んだように。

 次の瞬間喉に焼け付くのは、狂おしいほどの刺激。そう、これだ。この刺激こそが素晴らしいのだ。僕は愛しいその刺激と、手を取り合い踊るかのように戯れ続ける。そして僕の肺腑は、生まれたての煙達に占領されていく。
 やがて、僕の肺は踊り狂う煙達で一杯となった。これほど演者が詰まっていては、到底これ以上ダンスは踊れそうにないだろう。何しろ僕の胸の中では、最早手を振る余裕さえないほどに煙達がその身を寄せ合っているのだから。
 ならば君等にはそろそろ退場して頂こう。もう日も変わる、舞踏会はそろそろ終演だ。
 僕は玄関の大扉を開くと、一息に胸中に貯め込んだものを吐き出す。
 闇の中へと優しく溶けていく狼煙。それはすぐに見えなくなり、今の今まで僕の胸にそれが詰まっていた事などは、きっと誰にも想像出来ないだろう。あの白煙が、僕の胸の色を染め上げているだろうという事も。
 
 その後も僕は、愛しい煙草との口づけを幾度も繰り返す。その度に喉は焼け、肺は黒く染められていく。しかしそれでも、握りしめたこの手を放す事はせず、ただただ今この瞬間の刺激を味わい続ける。なんという、刹那的快楽。悪魔の誘惑にも似た、蠱惑的な誘い。それがこの小さな紙巻きには、確かに宿っているのだ。
 まるで、そう、恋にも似た、危険を求める悪しき依存性。自分でもその事は理解している。それでもなお、それでもなおこの刺激だけは手放せない。これこそが他の何ものにも変えられぬもの、他の何に求めても求め得ぬものなのだ。

 やがて握ったその殆どが灰へと変貌し、炎が僕の指先までも焼こうとじりじりと近付いてくる。名残惜しいがそろそろ潮時か。僕は灰皿へとその炎を押しつけ、揉み消す。その瞬間僕の胸へと去来するのは、僅かな征服感。
 かつて、火は神々だけのものだった。それはとても神聖かつ高潔なもので、その火を人々へと授けた神は、恒久に続く責め苦を受ける事態に陥ったほどだ。
 その火を、僕は今無慈悲に押し潰して、消した。人が獣を超え、自らの唯一無二の道を進み始めるに必要不可欠だったもの。その文明の発展を支え続けた存在。その炎を、僕は自らの気まぐれで消す。
 傍から見れば、多分他愛のない事なのだろう。しかし僕にとっては、多分に意味のある行為なのだ。
 しかし、征服感と同時に僕がどうしようもなく感じてしまうものが一つある。それは、寂寥。どう足掻いても回避出来ない悲劇が、僕のこの胸を打ち、虚無の静寂へと押しやるのだ。
 僕は灰皿へと目線をやる。そこにいるのは、不可避の悲劇の結末。どうしても吸いきる事が出来なかった、僅かに残った煙草の葉達。燃え落ちる事すら許されず、ただ容赦もなく慈悲もなく、僕の手で廃棄せしめられたもの達。
 自らの存在を証明することなぞなく、位置が悪かった、ただそれだけの理由で何にも成れずに捨てられ行くもの。これを悲劇と呼ばずしてなんになるだろうか。僕の舌では、これ以上の悲劇を語る事など出来ない。悲劇を免れたもの達との、甘美な踊りを味わった僕の舌では。

 征服感も寂寥感も、やがては時が消し去っていく。かつて誰かが言っていた。時は最良の名医である、と。全ては抗えぬ時の流れに乗り、彼方へと運ばれて行ってしまうのだから。
 名医の執刀により、僕の心は一瞬の空白へと変貌する。そしてその空白へと真っ先に目を付け、優しい言葉を囁く者が一人。そう、そこに居るのは、悪魔。煙草という人を堕落させる悪魔だ。その悪魔が、再び口づけを交わそうと、快楽の坩堝へと共に堕ちようと、僕へと語りかけてくる。

 僕はその誘いにさして抗うそぶりも見せず、ゆっくりと煙草へと手を伸ばす。
 その瞬間、かつて誰かに言われた言葉がフラッシュバックした。そんなに煙草を吸っていて、果たして死なない自信はあるのか。確かこんな言葉だったと思う。昔のことだった為、如何せん細部は朧気だが、言葉の本意としては大筋間違っていないだろう。
 そして彼女の問いに僕が答えたのは、身体は丈夫なはずだから、という御茶を濁すものだった事も思い出す。
 フムン。そうだな、僕の本質はあの時から何も変わっていないのだ。いや、変わる以前に、変えられてしまっているのだ。この優しい悪魔に。醒めない悪夢を僕に見せ続ける悪魔に。

 僕はその悪趣味な夢を見続ける為、口に咥えた悪魔へと火を点ける。誰が否を告げたとて関係はない。僕は僕のやりたいように生きるのだから。そうとしか生きられない、不器用なものなのだから。
 大きく煙を吸い込む。喉に焼け付くのは、これまでも、そしてこれからも変わる事ない優しい刺激。
 今、壊れる少し手前の狂炎が、僕の内側で静かに荒れ狂う気がした。
 
 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学


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鈴月

Author:鈴月
初めまして、鈴月(すずつき)と申します。最近になって東方に嵌った俄です。
ここではCoolier-クーリエ-東方創想話に投稿した作品のまとめ等を行いたいと思っています。

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